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「支援する側のケアも必要」の記事はすべての人に大切な記事。~1
[2011/05/09 12:38] 生活・自然
*この文は、Facebookページ「笑顔をつなぐ~スマイルコーディネーター」のノートに記載した文ですが、できるだけ沢山の人の目に止まって欲しいと思ったのでこちらにも掲載します。
なお、書いているうちに内容が長くなって大きく分けて2つになりました。なので、2つに分けて掲載します。

「助ける立場」の人に訪れる危機と必要なストレスケア(All about)


この記事を読みました。(本文は、リンクしていますのでそちらでお読み下さい。)

記事を読みながら、先日目に入った自衛隊の人たちに強いストレスやショックの症状が出始めているという記事のことを想い出しました。

連日連日、「不明者の捜索と遺体の収容」の任務。
がれきの山を崩し、その下から見つかるのは悲しい姿。

災害直後からずっと救助活動に入っていた自衛隊の皆さんは、最初の頃に報道に載ってくる写真や映像では「命をすくいあげた喜び」に充ちた表情でした。
赤ちゃんを抱き上げる自衛官。子どもを肩車する自衛官。
みんな「助けた命」の笑顔によって、ハードな任務や目の前の惨事に対してのショックも和らいだことだろうと思います。

けれど、もうすぐ震災から2ヶ月。
がれきの下に命がまだ続いている可能性は……残念ですがたぶんかなり低いと思われます。
救助隊の皆さんは「張り合い」も「喜び」もたぶん感じることができない状態が続くのではないでしょうか。

一刻も早くに不明者を……という想いや、早い復興を……という焦りの気持ちもわかる。
一方で、それをするためには人の労力が必要で、さらにその労力は通常よりもかなりの困難を伴う事態に対面せねばならないもので……。

何を優先するのか、その判断は非常に難しいことかとは思いますが、「一刻も争う命」の可能性と、それによる喜びをえられる可能性が小さくなった今は……できたらできるだけ「受けるストレス」や「ショック」を減らして「長期戦に備える力」を持てるようにする方を考えるべきなのではないか……と思ったりもするのです。

どうか、支援者の支援体制を是非整えて下さい。それはどこに願えばいいのかわからないけど、こうして小さなささやきでもつぶやくことでどこかに通じていくのだったら、つぶやき続けたいと思います。

:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::

こう思うのは何よりもこの記事を読んでいく中で強く共感する部分がたくさんあったからです。

私は2回、うつ病に陥りました。
鬱になった原因を振り返ってみると、それは「自分が頑張らなかったら誰がやるんだ」という「責任感の思い込み」が大きかったと思います。

だから、自分が休んだら人に迷惑をかけると思っていました。
実際、どうにもからだが動かなくなって「休まなくてはならない状態」にあっても、「休む」と人に言うことがものすごく悪いことのように感じました。

職場に電話をかけるときには、電話口の上司から責められ怒られているような気になりました。
家では横になっていると、おなかすいたという子どもの言葉も、ごみが片付いていないという夫の言葉も、みんな自分を責めているように聞こえました。

だから休めない。
その重い身体を引きずってでも行くのには、「学校では自分を待っている生徒がいる」「家では母を必要とする家族がいる」という思い込みでした。

いえ、実際にそれは事実だったのかもしれません。
でも、自分自身に対して必要以上に人からの必要性を感じとっていた。……思いこんでいた。

「自分が行かなくちゃ」……それは、自分にとっても、それからその相手にとっても、ものすごく重たいことだったのだ……と今になってようやくそう思えるようになりました。

実際は、私が行かなくても生徒たちはちゃんと前に進むし、学校の仕事は動いていたし、子どもも大きくなっていくし、家族はまわっているのです。

「私がそこに加わること」で、私の持っているものが役に立つことはあるでしょう。
でも、それは「どうしても必要」なものじゃない。

自分の体を痛めても、心を引き裂いても、それまでして頑張る事じゃなかったんです。

だけど私は休めなかった。
その事実を実感できなかったので、休むことはとてもいけないことだと思っていました。
そして、自分ができる事は、実はそう大したことじゃない、ということも認めたくなかったのかもしれません。

だけど、周りからは期待されているような気がしたり、どうしても「できない」と言えない事情があったり、いろいろな条件が重なって「休みます」「できません」と言えない状況が起こります。

そんな時に、1人で何とかしなくては……と焦る気持ちが自分を追い込む。

生きているのは、自分ひとりじゃないんですよね。
だから、もっと、人に助けを借りても良かったし、泣き言言ってもよかったし、ほっぽり出しても良かったんです。

……それでもちゃんと、まわっていくんです。世の中はそれなりに。

これは、何も今の被災地で支援活動に当たっている人ばかりに言うことではなく、毎日の生活の中でも沢山見受けられることなんだと思います。

「支援する側のケアも必要」の記事はすべての人に大切な記事。~2に続く)
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