お金かけたからって話せるようになるもんじゃなし〜英語[2008/10/30 09:30] 教育・学校
こんな記事が目についた。
別に〜〜〜、お金かけなくたっていいじゃない。 この記事読んでいると、話せるようになるためにはお金かけなくちゃダメみたいだけど。 日本語話すようになるために金かける人いないよねぇ。 言葉を話すってどういうことなのか。 それは、相手に自分の気持ちや想いや考えを伝えるためでしょ? 生まれて、育っていくときに、嬉しい、悲しい、おなかすいた…… そんなことをまず親に、周りの人に、伝えたいから言葉が出てくる。 そこには気持ちがあって、その想いがエネルギーになって言葉が生まれてくる。 お金なんか必要ないよね………。 言葉って、みんな同じなんだと思うけど。 英語だってドイツ語だって、イタリア語だって。 その時、その想いを一番伝えようとしてぴったりだったら、使ってみればいいんだよね。 何も、文法的に完璧じゃなくたっていいんだよね。 たった一言、単語1個だけだっていいんだよね。 もともとみんな、そこからの出発なんだと思うけど………。 たとえば単語間違えたら、相手は聞き返してくるから。 そしたら相手にわかるように、伝わるように、言い直せばいいんだよね。 そこにあるのは、相手と自分との心の交流。 お金の流通で言葉が出てくるわけじゃない。 本当に話したかったら、本当に伝えたかったら、別にお金かけて教材買ってやらなくても自分で言葉使うようになればいい。 わからない言葉があったら、身振り手振りでいいから相手に聞けばいい。 みっともなくたっていいじゃない。 一生懸命に伝えようとする気持ちがあれば、ちゃんと伝わるしいつかその中で伝わる言葉もわかってくるはずだよね………。 それは、英語に限ったことじゃない。 日本語だって同じ事。 わたしは、英語がどうのこうのと言うよりも……こういう日本語でのコミュニケーションや伝達の方法がちゃんとできていたら、英語だってちゃんと伝えられるようになるはずだと思うんだけどね。 根本的に、相手に伝えよう、相手の思いに答えようとする日本語の使い方自体が出来ていない人が多いような気がするよ……。 それはもう、英語以前の問題なんだと思うんだなぁ……。 日本人は、もっとちゃんとに言語の重さや大切さ、感じた方がいいと思うなぁ…。 |
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おっしゃる通り、何語をしゃべろうが、結局は人柄が出るんですよね。
言葉は必要があれば自然に覚えます。
日本人は英語が苦手なんじゃなくて、
日常生活で英語を使う必要がないだけ
です。
それはどこの国でも同じ事。
母国語以外使えない人がほとんどです。
こう言う記事とかコラムって、結局何らかの意図があるんですよ。
「もっと英語やらなきゃ」って思わせる。
リンクが張ってあるから、わかります。
言葉は必要があれば自然に覚えます。
日本人は英語が苦手なんじゃなくて、
日常生活で英語を使う必要がないだけ
です。
それはどこの国でも同じ事。
母国語以外使えない人がほとんどです。
こう言う記事とかコラムって、結局何らかの意図があるんですよ。
「もっと英語やらなきゃ」って思わせる。
リンクが張ってあるから、わかります。
[2008/10/30 12:09]
URL | Neptune
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私の友人は、ギリギリの金でアメリカの大学に留学して、向こうでアルバイトしながら、貧民街のようなところに住むというハードな生活をし、物凄い英語力をつけて帰ってきました。
勿論向こうの学位も取りました。
同じ留学でも、ほんの1年たらずで、結構いいところに住み、日本人同士とばかりつるんでいた、というよくあるパターンでは、ほとんどモノにならない事が多いです。
本当に話したきゃ、英語しか使わざるを得ない環境に自分を追い込むのが一番。
金をかけるかどうかなんて問題じゃありません。
いわゆる「外国人労働者」になって、肉体労働でもなんでもしに向こうに働きにいけば、金が掛かるどころか逆に金が入る。
発展途上国に人はみんなそうしてますからね。
何にもまして真剣に英語を話せるようになりたいのであれば、金がかかるかどうかということはほとんど条件にもならないはず。
究極的には頭の良し悪しとて関係ないでしょう。
そうでないなら、それはほとんどが広い意味での「娯楽」の域を出ないものですね。
「娯楽」の域だから「ビジネス」、もっと平たく言えば「金儲け」のつけ入る隙が出来、消費を煽る結果になるのでしょう。
金を出す方は、それが「娯楽」だと気付いてもいないのでしょうが。
ご指摘の通り、母国語が高度に操れなければ、外国語を学んでも必ずそれ以下にしかならないのも確かですね。
日本語で全く詩を書いた事のない人がどれだけ英語を学んでも、英語で詩を書くことはまずできない。
詩じゃなくて、哲学的思索でも、経済の勉強でも何でもいいです。
まれに日本語で出来ていた事以上に英語で何かを出来るようになる人もいますが、そういう人は、英語経由で文章力そのものを高めたり、深い思索、知識の吸収が出来るようになった人であり、その人にとっては既に英語は母国語である訳ですよね。
言語というのは外から何かを吸収したり、内なる何かを外に表現するための、手段や器であって、目的や中身を持たずして手段や器が練磨されるはずがありません。
このことは英語を使わざるを得ない環境に身を置くのが一番の上達への近道という事と密接に関係しているでしょう。
この場合、日々の暮らしが成り立つかどうかという差し迫った目的や中身がありますので。
勿論向こうの学位も取りました。
同じ留学でも、ほんの1年たらずで、結構いいところに住み、日本人同士とばかりつるんでいた、というよくあるパターンでは、ほとんどモノにならない事が多いです。
本当に話したきゃ、英語しか使わざるを得ない環境に自分を追い込むのが一番。
金をかけるかどうかなんて問題じゃありません。
いわゆる「外国人労働者」になって、肉体労働でもなんでもしに向こうに働きにいけば、金が掛かるどころか逆に金が入る。
発展途上国に人はみんなそうしてますからね。
何にもまして真剣に英語を話せるようになりたいのであれば、金がかかるかどうかということはほとんど条件にもならないはず。
究極的には頭の良し悪しとて関係ないでしょう。
そうでないなら、それはほとんどが広い意味での「娯楽」の域を出ないものですね。
「娯楽」の域だから「ビジネス」、もっと平たく言えば「金儲け」のつけ入る隙が出来、消費を煽る結果になるのでしょう。
金を出す方は、それが「娯楽」だと気付いてもいないのでしょうが。
ご指摘の通り、母国語が高度に操れなければ、外国語を学んでも必ずそれ以下にしかならないのも確かですね。
日本語で全く詩を書いた事のない人がどれだけ英語を学んでも、英語で詩を書くことはまずできない。
詩じゃなくて、哲学的思索でも、経済の勉強でも何でもいいです。
まれに日本語で出来ていた事以上に英語で何かを出来るようになる人もいますが、そういう人は、英語経由で文章力そのものを高めたり、深い思索、知識の吸収が出来るようになった人であり、その人にとっては既に英語は母国語である訳ですよね。
言語というのは外から何かを吸収したり、内なる何かを外に表現するための、手段や器であって、目的や中身を持たずして手段や器が練磨されるはずがありません。
このことは英語を使わざるを得ない環境に身を置くのが一番の上達への近道という事と密接に関係しているでしょう。
この場合、日々の暮らしが成り立つかどうかという差し迫った目的や中身がありますので。
[2008/10/31 01:43]
URL | 邪神
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