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最高の1日~第3部~
[2006/12/17 03:09] 教育・学校
さて、第3部は言わずもがな、昨日のブログに書いた教え子たちとの再会です。

ミネラルショーのあと、そのまま予定していた会場に向かいました。
7時開催予定で20分ほど遅れましたけれど、やって来た顔、顔、みんなちゃんと昔の面影が残っているんですねぇ。懐かしかったです。

あいさつは当然「久しぶり~!!」
あっという間に「あの頃」にタイムスリップです。

でも、東京という都会に来て、自分たちの故郷を離れて遠い地で孤独に耐えながら頑張ってきた彼らだけあってやはり「いい歳のとり方」をしているなぁ、と嬉しくなりました。

笑ってしまったのは、「音楽室での私の指導」と、「運動会で鼓笛隊の指導」をしているときの先生って、全然違うよね~ってはなし。(^_^;)

そうです、私は自分のいろいろな想いから指導の仕方をその場に応じて変えてきたのです。ちゃんとそれを感じ取って、覚えていてぶつけてくれる…。すばらしいことですよ、教師冥利に尽きます。

私は、音楽は生徒たちの「心を作る教科」だと思っています。

上手、下手、なんてどうでも良いんです。
音譜の読み方も、どうでも良いのです。

ただ、「音楽って楽しいんだ」「こんな風に自分の気持ちを表現する手段があるんだ」「ああ、先生みたいに歌いたい、奏でたい」

そういう心ひとつを育てることが出来たらば、自然と自分で「知りたく」なるはずなんです。音譜の読み方、音楽のテクニック。

私の仕事は、それを感じる心を育てることだとずっと考えていましたから、音楽の授業では決して「無駄に大声を出して怒らない」こと、「笑顔でいる」こと、授業の終わりには「気持ちよかった・楽しかった」という思いで音楽室をあとにすることが出来ること、それを目標にずっとやってきたのです。

ですから、音楽の授業ではにこやかで優しい先生でした。
そして、音楽会などでは「最高に着飾って最高に輝いた自分」を生徒たちに披露して、自分の一番得意な歌で生徒たちに「音楽ってすばらしいでしょ?」という思いを伝えてきたのです。

生徒たちが「先生はね~、アイドルだったんだよ」「優しかったよね」っていってくれたときに、そういう私の思いをちゃんと感じ取ってくれていたんだな、と思ってすごく嬉しくなりました。

一方でなんで鼓笛では厳しかったかというと、鼓笛は集団の「演技」です。
人に見せることを意識しなくてはなりませんし、また「みんなで足並みをそろえる」努力をしないといくら立派なプログラムを組んでも「感動」は生まれないのです。

誰か一人が「自分だけ適当でもいいや」と思ったら決して「美しさ」は生まれません。そして、その一人のせいで他のみんなの努力が水の泡になってしまうのです。

ですからそういう「足並みを乱す」思いや行動は徹底的に指導しました。
その結果「隣の人と気持ちをそろえて頑張ろう」という「協調」「協力」の思いが生まれてくるんですよね。

これは「厳しさ」がなくては絶対に生まれてきません。
だから徹底的にびしびしやりました。(笑)

でもね、それで私のことを嫌いにならないでくれたんですからちゃんと生徒は思いをくみ取ってくれていたんですよね。中には、当時小学生の時にすでに「なんでさぁ~、先生って鼓笛の時にはおっかないんだぁ?」なんてもろに聞いてきた子もいましたからね。(^_^;)

それはそれで「すばらしい気づき」をもっているなぁ、とちゃんと話をしましたよ。

でも、そういう話を今こうやって再び彼らに直接語れる機会があるって本当に幸せだと思いました。

そんなこんなで「昔のアイドル」は、今や彼らよりも背が低くてちっちゃい「おなじ社会に生きるもの」という立場になりましたけど、それでもこうやって「え~、先生ってこんな面もあったんだぁ」なんて笑いながら話すこと、ちょうど私が教えていた頃の年齢に達した彼らと対等に話が出来ること、これってすごいですよね。

2次会は「カラオケ」でした。(笑)

「先生、成績どのくらいくれる~?」
なんて言いながらみんなうまいじゃないっすか。カラオケ。
各自が自分の生活の中に、音楽をちゃんと生かしているんだよね、と感じられて嬉しかったですよ。

その昔、彼らの音楽を指導していた頃にある研究会でこんな発言をしていた先生がいました。
「我々は、カラオケを歌う人間をつくっているんじゃない」って。

でもね、私は心の中で「それは違うよ」って思っていました。

みんなの前で堂々とマイクで一人で歌えること。立派じゃないですか。
ちゃんと音を外さないで歌っている、すばらしいじゃないですか。
音楽に合わせてリズムに乗ってからだが動く、最高じゃないですか。

そうして自分のストレスやわだかまりを音に乗せて発散し、明日のエネルギーになるんだったら、これこそ「音楽」が生活にちゃんと息づいているんですよね。

それが出来ている彼らを見て、「私が教えた音楽、身についてるよ!」って誇りに思っていた私は間違っていますか?

私は、自分は「音楽のプロ」ではなく、「音楽教師のプロ」だと思っています。
だから誰よりも音楽の技術を磨いて、誰よりもわかりやすい言葉で音楽を語って、そして誰もがあこがれる教師でいる。それが私のポリシーなんです。

今日集まって「楽しかったよ、また会いたいよ」っていってかえっていったみんなを見たら心から幸せなんですよ。それで充分なんです。彼らが「音楽のプロ」になる必要はないんです。心の片隅に、「音楽」というと「そういえば小学校であんな先生と音楽やって楽しかったな」って思ってくれたら、それでOKなんです。

7時から解散は11時半でしたが、まだまだ名残は尽きなかったです。
こうやって「しがない専科の教師」に思いを寄せてくれる生徒がいるって何よりもすばらしい私の自慢の勲章だと思っています。

今日会いに来てくれたみんな、私にそういう喜びを味あわせてくれて本当にありがとう。心から感謝しています。

出来たらまた、ふっと心に浮かんだときに、いつでも声をかけてね。
私は君たちのためにだったらいつでもどこでも駆けつけるからね。
担任ではなかったけれども、逆に教えたみんなは全員が大切な教え子だと思っているから。

私がいつまでも見かけが変わらなくて元気で笑顔でいられるのはね、君たちが元気でそうやって音楽を楽しんでくれているからなんだよ。

ありがとう!!また会おうね。
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≪誕生日は「ありがとう」の日 最高の1日~第2部~≫
コメント
幸せな人
御疲れ様でした。
子供達との再会と、コマちゃんの音楽を教える意味についてのお話に
不覚にもおじじは泣いてしまいました。
コマちゃんの様な善い先生に出会えた人は幸いですね。
どうぞこれからもお元気で、
無数の子供達に音楽をする事の喜びを
いつまでも伝え続けられます様に…

おじじは今日は教会の子ども会で踊るサンタさんを演って参ります(笑)
[2006/12/17 07:40] URL | ロレンツォおじじ [ 編集]
ありがとうございます
ロレンツォおじじさま

いつもいつも素敵なコメントありがとうございます。とても嬉しいです。
すぐに返事かけなくてごめんなさいね。

でも、私も高校時代の音楽の生活も心に残っていて、おじじさんの弟さんとご一緒させていただいたことも忘れられません。弟さんのピアノのすばらしさは音楽の喜びに満ちあふれていましたので本当に感動でした。

そういう経験ができてきた自分は本当に幸せで、だからこそ生徒たちにもそれを伝えていきたいですね。これからも。

おじじさんとも一度お会いしてみたいです。教会のサンタさん、是非見たかったなぁ!!
[2006/12/17 10:37] URL | コマちゃん [ 編集]
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