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考えること・生きること
[2005/10/27 11:08] 教育・学校
ほんとに久しぶりです。ブログに書き込むの。

あんまり考えることが多すぎて、何書こうか考えてるうちに、時間は流れるし次から次へとネタは出てくるし…。でも、正直あまり楽しいネタじゃないんだよねぇ。

「女王の教室に思う」シリーズは、まだまだ続くんですけど、正直言ってこうやって訴えていること自体がむなしくなってしまう今日この頃なんですね。


新聞を毎日読んでいると、とんでもないニュースが次から次へと目に入ってくる。かと思うと、大騒ぎした割にはあまりにあっけない取り扱いなニュースも。

郵政民営化の可決なんかその最たるものですよね。
解散までして、大騒ぎしての結果があのあっけない結末。

小泉首相の靖国参拝。新聞では賛否両論だけど、肝心の政治家たちの声が聞こえてこない。中国の声、韓国の声、もっと聞きたい。

そんな毎日の中、ふと目に入ったのが、「教員の給料は優遇されている」の記事。それから、「国語の力の低下」の記事。「教員は多すぎるから少子化に合わせて減らすべき」の記事。それから「消費税増額の答申」の記事。

はあ~、やっぱりね。…というのがまず感じたこと。
そして、この国が本気で少子化を食い止める気のないこと、本気で子供のために力を入れる気のないこと、を感じた。

これらの記事にどう関連性があるのか?って思う人もいるでしょう。

でも、日頃教育現場を身近に感じている身としては、当然感じていたことではないかな。

「教員の給料削減」…別に、給料は減らされてもいいです。子供たちのために必要なお金がまわってくるのだったらね。でも、記事を読んで感じたのが、「一般行政職と比べて」って一言のおかしさ。

何をもって一般行政職と教育職と比較するのか?それがおかしい。本当に、教育を「見て、知って」いるならば、そんな比較なんか出来るはず無いんだよね。

先生達はめいっぱい。与えられたノルマをこなすことや、時間の使い方に。自分自身の研修にも時間を割けないくらいに。

1日の生活を見ても、朝や放課後の仕事の延期は当然のごとく。「休憩時間」と決められているはずの時間も、ゆっくりお茶飲んでたら冷たい目で見られる。そう、当然のごとくに生徒指導や授業の準備。昼の時間だって、給食費払って、メニューの選べない給食を子供と食べ、「昼休み」であるべき時間に「食事指導」。給食当番のしつけから、後片づけのしつけまで。掃除は子供と一緒にやる。部活指導はボランティア。自分の得意なことじゃない部活を担当したら、指導できるように必死で勉強。でも時間外手当なんて出ないも同然。

家に帰っても明日の授業の準備。教育機器は学校にはなかなか予算が来ないから、必要な分は自分で購入。無論、パソコンも。学校ではプリンターの数が足りないから家で自分の家の紙を使って、自分の家のプリンターに、家のインクを入れて何部も印刷。

教材のための参考書や問題集、楽譜や写真、CD・MD・ビデオ。みんな学校で買ってもらう余裕がないから自費購入。生徒のために必要な研修も、自分の専門性を深めたいといっても必ずしも費用が出るわけでない。行きたい研修があっても、遠くだったり、日数がかさんだり、高額だったりしたらみんな自費。…でも、生徒のために勉強したいから運賃も宿泊費も研修費も、資料代も、みんな自分で払って勉強に行く。

教育なんてどうでもいいと思ってやったら、確かに恵まれている職業かもしれない。保障も厚い。でも、なんで教員は皆貧乏か。みんな教育に熱心だから…、じゃないですかねぇ。

だけど、そういう実態は見てもらえないことが多い。「夏休み」があっていいな…ですか?夏休みもちゃんと仕事してます。それどころか、家庭の保護能力が弱くなっている現代、かえって生徒のことが頭を離れない。人間を育てる職業には、休みなんて無い。

でも、こういう事実を知らずに単に「教育職の優遇」だけを新聞で述べたら、人の目はそこに行くもの。実際、長野県ではいかに教員の給料を下げるかで知事のメールに投書が頻繁で、結局長野県の教員の給料は全国で最低レベル。でも、それに対して賞賛の声はあれ、同情の声はないんですね。

表面だけを見て判断すること、目先の得に従ってうごくこと。

この動きは、前回の選挙の時の「小泉劇場」と仕組みが同じかも、と思いません?

小泉さんの「郵政民営化」に絞った選挙で、たくさんの人が自民党に荷担しました。その結果、あっけなく民営化が決まり、じゃあ、その後は何するんですか?あれだけのお金を動かして選挙をした代償は、ちゃんととれるんでしょうか…無駄遣いだと思いません?これ。

そして昨日のニュース。「消費税の増額」。
街頭の人がマイクを向けられて「ずるい。選挙中にちゃんと言って欲しい、言うべきだ」と答えたけど、こんなことは予想された「想定内」のこと。自民党の大勝からは予想されるじゃないですか。その先まで考えずに自民党に入れたあなたにも責任ありません?

常に目先のことしか考えられない。小泉劇場で生まれた小泉チルドレンと呼ばれる議員が、軽はずみな発言で謝罪したり非難されたりしてるけど、じゃ、そういう人を選んだ人には非がないですか?そういう発言をさせちゃう政治家の先輩には非がないですか?そういう日本にした環境には、問題がありませんか?たったひとりが怒られて、反省したような顔で謝って済む問題じゃなく、もっと根っこにある問題は隠されちゃうんですよね。

「あんなこと、みんなの前で言うんじゃない」って怒られたら、「じゃあ、黙っていればやって良い」…ってなっちゃいませんかねぇ。表面で謝っても、心の中ではどうだかわかりません。そうやって今までぬくぬくしてきた政治家が、今の日本を作っているんじゃないかなぁ。

そう…その原因が「国語力の低下」なんですよ。

つまり、物事の奥底まで考える力、物事の根元まで見抜く力。先を予測して見通す力。つまりこれらは皆、テストの点では測れない、「行間を読む力」がないと育たない。

新聞やニュースを見たり聞いたりして、その表面だけに一喜一憂していたら、メディアや口先の上手い政治家に引っかかって「こんなはずじゃなかった」ってなるばかり。その根っこにまで考えを張り巡らせることが出来なかったら、削れるところから削って国民のご機嫌をとり、そうして肝心の部分は隠しておいてあとで幕が落ちた時にとんでもない事実が表面化する…そんな結末を導いてしまう。

「なぜ?どうして?」を、目先の利益にとらわれることなく追求して行かなくては。そのために必要なのが、「国語」の力なんですよ。

ここまで書いて、すごく怖い考えに思い至ってしまった。

もしかして、ここまで「ペーパーテスト」にこだわって教育の質を下げ、少子化をまねきだし、国民の国語力を低下させたのは、ずっと昔からの日本の指導者たちの思惑であって、自分の意のままに出来る人間を増やし、考えることのできない便利な「民衆」を作り上げるためなんじゃないかって…。

昨今の教育事情を見るに、それを完全に否定できないのが怖い…。

ことはね、教員の給料下げるだけじゃおさまらないところまで来ているんですよ…。

「いいかげん、めざめなさい」

この言葉、誰に対して言うのが一番良いんでしょうね…この時代。
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≪ある一教師の1日 女王の教室に思うー3-≫
コメント
>1日の生活を見ても~で払って勉強に行く。

の内容ですが、これは一般企業でも同じですよ。
ボールペン1本ですら自前です。
[2006/07/21 09:22] URL | お客A [ 編集]
ポイントずれてますね。
こんにちは、匿名のお客Aさん。

別に、教員が特別って言っているわけではありませんよ。
この分でいいたいところはそこじゃありません。そこにコメント頂いても、お答えできませんね。それこそ、この文をもうちょっと深くお読み下さい。
[2006/07/21 10:16] URL | コマちゃん [ 編集]
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