スポンサーサイト
[--/--/-- --:--] スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)
この記事のURL
             
女王の教室に思うー3-
[2005/10/08 17:47] 教育・学校
教師になって、新卒で養護学校に行きました。

体が不自由な生徒たちに音楽を教えました。正直言って、障害を持つ人たちにとっては、まだまだ世界が閉ざされています。社会に出て何とか認めてもらえる人は、ある程度からだが動いて、ある程度物がわかって、ある程度バックボーンが整って(恵まれて)いる人だけです。

けれども、学ぶ生徒たちはみんな一生懸命でした。何といっても「生きる」こと自体に喜びを感じ、いろいろな刺激を体中で受けることに喜びを感じていました。

暖かい日差しの中を、ゆっくり散歩する、それだけでもいい顔をしていました。わたしは、この学校でとてもたくさんのことを学びました。

歌えること、表現できることの喜び。音楽を聴くことの喜び。体が動かなくても、思うように音がとれなくても、この学校ではみんな精一杯の声で歌い、音を体で感じていました。みんな、本当にいい表情をしていました。

3年勤めて転勤になり、小学校の音楽教師として赴任しました。

ここで驚いたのは、子供たちの表情が本当に暗いことでした。歌う時は、蚊の泣くような声でぼそぼそ歌い、自由に動く指があるのにリコーダーは面倒くさがり、それ以前に授業中に無駄口、忘れ物、遅刻が当たり前。「うざい」「めんどくさい」「つまんない」…これが彼らの口癖でした。

せっかくちゃんと思うとおりに動くからだがあるのに、大きな声の出るのどと口を持っているのに、当たり前のことだから、その幸せに感謝することなくただ受け身で生きていました。何かあれば人のせい。都合が悪いとすぐ怒る。のどかな田舎の小学校でしたが、音楽に必要な情操も育っていませんでした。

でも、子供たちや周りの環境を見ていて気がつきました。

彼らは、「与えられる」ことが当たり前なのだと。「やらされる」ことばかりで自ら「こうしよう」と思ったことをやる機会が与えられなかったんだと。音楽は、ただとにかく大きな声で歌えば褒められ、小さな声だと活を入れられ、むずかしい指使いにとまどってもリコーダーに集中する時間が無く、そのすばらしさ、楽しさを知らないままただテクニックを要求される。

周りの先生も、親たちも、みんなそういう世界で育ってきたのだから、仕方ありませんよね。

よく、先生仲間で飲んでカラオケやる時なんかも聞いたことですが、「俺は昔、先生から音痴だから歌うなっていわれてたんだよ。」「そうそう、音譜なんか読めないからさぁ、音楽なんか大嫌いだった。」音楽教師の研究会では、「カラオケを歌える子ではなく、正しい発音で美しく歌える子を育てましょう。」…。

これじゃあ、子供たちは音楽の時間をどうでもいい時間だと思うに違いありません。忘れ物も、遅刻も、無駄口も、仕方ないんでしょうね。だってつまらないんだから。「与えられて」いるだけで、自ら楽しんでいるわけではないのだから。いくら「歌いなさい!」って怒ったって怒鳴ったって、絶対に無理でしょう。その場は怒られるから何とかやっても、大人になって音楽を楽しむ人はいなくなるでしょう。

わたしは、まずは「音楽は楽しい」ことを知らせようと思いました。人間の生まれ持った、いえ、ある面では世界中に通じる気持ち…。動物や植物とも接点を持つ魔法の言葉が音楽。

声なんか小さくてもいい。リコーダーの間違えをしたっていい。「自分らしい表現」が出来るようになって欲しい。音痴だって、カラオケを楽しめる人になって欲しい。音楽のあとに、「気持ちよかった~」って教室に帰れる子供になって欲しい。

そうすれば、子供は自ら音楽室に来るのが楽しみになるはず。リコーダーを忘れないはず。

初めは、周りには理解してもらえませんでした。一からやり直しになるのですから、子供の進歩はすぐには見られません。成果が出ないと、なんだかんだと言われるのがこの世界です。

でも、半年、一年、とたつうちに、音楽室での子供たちは変わってきました。全校音楽でも、声が出て揃ってきました。休み時間に、リコーダーを持って音楽室や職員室に、「先生、聞いて!」と駆け込んでくる子が増えてきました。教えあい、励まし合ってグループの合奏を仕上げられるようになりました。

4年目の年の音楽会では、希望者をつのってリコーダー合奏のステージを企画したところ、その頃一クラス45人だったクラスの人数よりもたくさんの子がステージに立ちました。「めんどくさい」「うざい」なんて言う子はいなくなりました。

もちろん、そこに行くまでには、本当に大変でした。成果が見えるまではまわりの理解を得るために走り回り、子供たちがわかりやすい教材を自作するために夜遅くまで仕事をし、笑顔を絶やさないようにし、朝から夜までのほとんどの時間を仕事のために費やしました。

体をこわしたことも何回もありました。ひとりで泣いたこともありました。でも、それを人に見せてもどうなるものでもありません。「子供が変わった」事実でしか、自分の指導が正しいかどうかなど人に示すことが出来ないからです。

幸いにして、周りの先生達が「わかってくれる」人たちであったこと、そしてわたしがまだ結婚はしていたものの子供がいない「半独身」状態であったこと、まだまだ、学校に対しての親の理解があったこと、などの背景に支えられて5年在籍したその学校では音楽室や教室から優しい音色が聞こえてくるようになりました。「あの小学校の音楽、いいね」と認めてもらえるまでになりました。

いろいろあったものの、時間と、理解と、余裕に支えられた努力が実ったのです。生徒たちが「先生、音楽って楽しいね」といって卒業していってからも音楽をそれぞれなりに生活の中に入れていてくれる様子を聞くたびに、また、そんな生徒たちの笑顔を見るたびに、教師になってよかったと心から思うことが出来たのでした。


「教育は、奇跡を起こすことが出来る」という真矢の言葉は、いろいろな学校で子供の笑顔に喜びをもらい、生きる力をもらってきたわたしにとって、大いに共感するものでした。「生徒が伸びてくる」喜びは給料をもらっていること以上に、教職に就いたことに対しての大きな意義を与えてくれました。

しかし、それは本当に時間と気力と根性が必要なことです。あるブログで「真矢はあんなにやって倒れるなんて、自業自得だ」とか「あんなのやりすぎ」なんていう感想を読みましたが、「それはあまりに理解不足です。」と思う気持ちの方が大きかったです。

今の子供たちには、「学ぶことの意義」を感じさせるところからはじめないと成り立ちません。あのくらいしないと、教室は成り立たないのです。まわりの理解がないなかで、結局ひとりで戦うしかなかった真矢の姿はある意味真剣に教育に立ち向かう教師の象徴の姿だと思ってみていました。

そして、その一方で、「そこまでしなくては成り立たない教育」のあり方についても、大いに問題を感じてしまいました。


さて、なぜ「女王の教室」は小学校だったのか、ああいう教育は中学ですべきでは、という意見もありました。でも、あれは小学校だから出来たのです。その点については、その4にて。


女王の教室に思うー1- 女王の教室に思うー2-  

最終回感想  第10回感想  第9回感想  第8回感想  第7回感想  第6回感想  第5回感想  第4回感想  第3回感想  第2回感想  第1回感想  
女王の教室ーもっと議論を

女王の教室 公式HP
スポンサーサイト
教育・学校 | トラックバック(1) | コメント(0)
この記事のURL
≪考えること・生きること ガラスの仮面ー悲劇の幕開け≫
コメント
コメントの投稿














コマちゃんへの秘密のコメントにする

トラックバック
トラックバックURL
http://komacafe.blog6.fc2.com/tb.php/238-c3f05b1a
背中
恐竜は大人にとっても子供にとっても、人気のある素材の一つではなかろうか。絵本でも多くの恐竜ものがあるが、この本は3Dで、付属のめがねを通して見ると、まるで浮き上がって見...
DreamMakers[2005/11/11 23:03]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。