komacafe 10.だから、大人が子どもにできる事は何か枠や枷をはめて安全なところで守って生かすことではなく、自分でその枠や枷に頼らずに、危ないところでもどう動いたらいいのかを自分で決めて判断して行動できるようにしてあげること。そのための「思考力」と「判断材料」を与えることなのだと思います。
06-17 15:09
9.生きる事をするのはそれぞれの人間であって、決まりや規則を作る人ではないし、その決まりや規則が正しいか間違っているのかを決めるのも決めた人ではなく「時の流れ」です。人が決められるのは、自分の生き方、生きざまだけであって人のその物まで決めることができません。
06-17 15:07
8.ネットに関してに限らず学校や教育でも「制限」「禁止」するよりも……対応を教えていろいろな経験をどんどんさせる。そのために教える方は引き出しをどんどん増やし教わる方は教わったことをどんどん実践して自分の生活や生き方に合わせて作りかえていく。どうしたらそれが出来るかを考える。
06-17 15:05
7,ネットの海をどう泳ぐのか。それはそれぞれの人が自分でやることであって、ここからここまでしか泳いじゃいけないと教えるよりも、こういう状況になったらこう泳ぐのがいいよ……と教える方が応用が利きます。教える方は、だからそういう引き出しをたくさん持っている必要がありますよね。
06-17 15:04
6,言葉の持つぬくもり、言葉の持つ力、言葉の持つ想い。そういうものはちゃんと存在しています。大人たちはそれを子どもにきちんと伝え、その表現方法をちゃんと教えること。ネットの世界を制限するよりもまず、それがとても大切なのだと私は思います。
06-17 15:00
5,ネットの世界が危険、というのはこういう責任あるやりとりの中で信頼関係をちゃんと築くという経験をしたことのない大人が無責任なやりとりの中で子ども達にそういう事をちゃんと教えることができないからの言葉なのだと思います。子ども達の想いをちゃんと輝かせることのできない大人の責任です。
06-17 14:58
4,だからこそ私はネット上だから、顔が見えないからという無責任で中途半端なつきあいはしたくないのです。ネット上だからこそわかることがたくさんあります。顔が見えなくてもその人の心はとてもよく見えます。リアルで会う時には肩書きとか年齢とか性別とかに阻まれて見えないことが見えるのです。
06-17 14:55
3,「オフ会」で初めて会ってはじめまして……と言った次の瞬間からもう古いつきあいのようなやりとりができるのは、ネット上でもちゃんとした人と人との心の交流が可能、それがちゃんと成り立つのだ……といういい例ですよね。
06-17 14:53
2,だから、ちょっとでもWeb上で言葉のやりとりをしたらその人と気が合いそうかあわなそうか、とか面白そうな人かなぁ、とかそういう事ぐらいはわかります。バーチャルとリアルとのつきあいはまったくかけ離れたものではないのはそういうせいだろうと思います。
06-17 14:52
1、今日は朝から、昨日のWeb宴会のことをきっかけにしていろんな人といろんな話をしては考えています。たとえば、文字だけのパソコン通信の時代でもその人の書く文……使う言葉から、おおよそどんな人かは見当がつきました。人柄というのはちゃんとにじみ出てくるものですよね。
06-17 14:50