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  2011年05月  

             
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復興支援には笑顔が似合う。
[2011/05/30 11:10] 生活・自然
昨日は朝から雨でした。
本当は晴れて欲しいなぁ……と思っていたので小雨だったけれど雨がふってちょっと残念に思っていました。

晴れることを祈っていたのは、いくつかの野外イベントがこの日予定されていたからです。
特に、小布施町で2つのイベントがあって、両方とも応援したかったので……。

けれど、雨。
大丈夫だろうか……準備をずっとしてきたから雨天決行だろうけど、人出はどうなんだろうか?そんな心配の気持ちを抱えながら会場に行ってみたらその心配がまったく無用だということはすぐにわかりました。

昨日行ったのは小布施町のハイウエイオアシスで行われた「ラーメンフェスタ」。

このイベントは、小布施町の浄光寺中心に広がる「笑顔プロジェクト」という復興支援ボランティア団体の企画したものです。私のN-geneの記事でも紹介しました。詳細はこちら→「被災地に笑顔を届けよう~その5

取材以降、私もチラシを配ったりブログやSNSで紹介したりして応援してきて、昨日は息子と娘、そして娘の友だちも一緒に参戦ということで雨に負けずに会場に行ったら……駐車場にどんどん車が。

チケット売り場にならぶ人びとはどのラーメンを食べようかとうきうきしています。親子連れ、友だち同士、いろいろな年齢層の人たちが傘をさして並んでいるのです。そして各ラーメン店の前ではラーメン町の列。できたラーメンを持って嬉しそうに食べる場所を探す人。

IMG_8816.jpg IMG_8824.jpg IMG_8871.jpg

……雨なんか気にならないほどの熱気でした。というよりも、みんなこの「雨」でさえも楽しんでしまっている感じです。確かに雨の中でラーメン食べるなんて、めったにできない経験ですものね。

IMG_8840.jpg IMG_8831.jpg

「笑顔プロジェクト」のコンセプトはその名にある通り「笑顔を繋げる」ことです。被災地の人たちを「支援する」という想いから始まってはいますが、してあげるという立場ではなくてみんなで笑顔になる、という想い。笑顔を届けるんだ、という想い。だから、ただ「物資を届ける」のではなく、そこにある想いも一緒に届ける活動を続けています。

だから、ラーメンフェスタ。みんなが美味しいラーメンで笑顔になって、その笑顔で生まれた収益で被災地の皆さんにも笑顔を届ける。

「被災地の人たちが苦しんでいるのに、自分たちが楽しんだら不謹慎だ」「自粛すべきだ」

そんな声が一時大きくなって頑張っている人たちを傷つけたときがありました。それはある意味、本当に被災地の人のために頑張ろうという想いを踏みにじる発言で、さらにそれで萎縮してしまうことで被災地にも支援が届きにくくなるという悪循環を生み出すものでした。

でも……みんなちゃんとわかっているんですよね。何が一番いいのか、どうするのが支援になるのかって。

それに、別に震災があったからじゃなくて本当に日本という国自体が、国全体が、ものすごくがたがたな状態で「立ち上がる」「復興する」のは被災地の人たちの問題だけではなかったんですから……。

来た人たちが嬉しそうにラーメンを食べて、それを見てスタッフも笑顔になり(上の写真は浄光寺の林さんの笑顔です)、そうしてそこで元気になって支援活動につながって、支援地の皆さんも笑顔になって……そうしてみんなが笑顔になって元気になって、初めて本当の意味での「復興」ができるんですよね。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ラーメンフェスタのラーメンは、協力ラーメン店の店主さんたちの力作揃いでどれもみんな美味しかったです。小布施のハイウエイオアシスでいろんな人の様子を見ていたら、何と参加8店舗すべてのラーメンチケットを購入していた人もいました。

美味しいラーメンで心も体も温かくなって帰ったら、玄関に届いていたのは1つのアルバム。
チームアミューズの復興支援アルバム「Let's Try Again」です。

【送料無料】Let's try again

【送料無料】Let's try again
価格:1,052円(税込、送料別)


試聴・視聴はこちらでできます。→チーム・アミューズ 『Let's try again』

サザンの桑田さん中心に、福山さんやポルノグラフィティー、三宅さんなど蒼々たるメンバーが集結して作りあげたこの作品。

さっそく聞いて、それから一緒に入っていたビデオを観たのですけれど、これ……やっぱりみんながものすごく楽しそうなんです。「今こそ立ち上がれ」って何回も歌われる中で、懐かしい名曲がメドレーで流れて、それを歌っている皆さんが元気いっぱいで笑顔で……楽しんでいるんです。

聞いていて、なんだかとても元気が出てきました。そしてワクワクしてきました。
ああ……この国ってきっと大丈夫だ。また立ち上がれるよ。絶対に。

そんなパワーをもらうことができたのです。
この一枚、このお値段でこれだけの内容で……こうして購入することでその収益が被災地のために使われる支援にもなる。

自分1人が買うことではそうたいした力にもならないのでしょうけど、参加メンバーの力をもらうことで自分も元気になれ、1人でもたくさんの人が買って元気になることでその支援の力がどんどんふくらんでいく。

みんなで一緒に立ち上がって、みんなが一緒に元気になれる。

元気のパワー。
立ち上がる気力。

それはやはり、自粛して静かにしていることからは生まれません。
みんなで楽しんで、みんなで笑って、そうして悲しいことも飲み込んでしまうだけの力をお互いにつけて……笑顔の力で立ち上がったら、きっとそこには笑顔があふれる新しい世界が拡がるに違いないのだと思います。

復興支援には、笑顔が似合う。
日本中が元気になるためには、笑顔の力をつなげていく事。

それを強く感じた昨日でした。
私もスマイルコーディネーターとして活動するためのパワーを沢山もらいました。



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学校は、「あこがれの場所」であるべきだ。
[2011/05/26 20:26] ひとりごと
Facebookで最近「知り合いかも?」で紹介されるお友達や新しく参加したお友達がどんどん増えて来たのだけど、今日ふと思ったことが、「先生でこういうところにいる人は少ないなぁ~」ということ。

まだネットが今のように普及してなかった頃は、パソコン通信だった。その頃パソコンというとめちゃくちゃ高価でようやくワープロが出始めた頃で、その頃教師でワープロ使っている人なんてほとんどいなかった。

そんな中でワープロどころかパソコンいじっている私は、学校の先生の中では異端だった。まして、パソコン通信で学校の外の人と交流していたなんて、まわりの先生に話しても会話が通じなかった。

まぁ、その頃は、パソコン通信の仲間にも「長野県」の人は少なかったから仕方なかったけれど、学校はまだまだパソコンなんて雲の上のことだった。ふる~いDOSマシンが1台あればまだいい方だった。

だからMac使いの私だけど「パソコン使える」ってだけでパソコン主任になってDOSマシンまで管理させられることになってしまったのだけど。

……けれど、その状態は、ネットが次第に普及し始めてパソコン通信からどんどんインターネットがさくさくつながるようになっても、まったく変わることはなかった。つまり、学校ではいつまでたってもパソコンの普及率が低くて、何よりも先生で使える人がほとんどいない、というのが現状だった。だから私はいつまでたってもどの学校に行っても「パソコン主任」からはずしてもらえなかった。

……学校のパソコン主任って、要はパソコンに関しての体のいい「雑用係」なのだ。
パソコンの調子が悪いと、「先生、来てみて!」
文書作っていて書式設定などわからないと「先生、ここ教えて!」
挙げ句の果ては、ネットにつなぐ設定まで(それも個人のパソコン)全部頼まれる。

……先生たちって、以外と自分じゃ勉強しないんだな、これが。

自分の教科や生徒指導以外のことについては忙しいんだかなんだかわからないけど本読んでみようともしない。わからない事は出来る人に聞けばいい……そんな感じで、パソコンについてのことやネットについてのことは「わかりませ~ん」っていう言葉が平気でまかり通る世界だった。

つまりは、「パソコンわかります」って人にみんな「おまかせ」なのだ。
普通、会社だったら外部の専門業者に発注するはずの校内LANの配線から導入機器の選定、設定までみんなやったのだ……私は。
(外部に発注する予算削減、という名目もあるけど……明らかにこれ、職務外のこと)

そういう「専門外のことはわかりませ~ん」っていうのが当たり前の学校の世界では、インターネットもウェブサーフィンとか調べ物とか、そんな感じであって……こういうSNSや掲示板などのような「ソーシャルスペース」で人と交流しようなどと言う人はほとんど見かけなかった。

これは、正直、考え物だなぁ、と思う。

だって、「学校」っていう世界はとても独特な世界。
先生と生徒……立場が対等じゃないんだ。その中で、おとなである先生たちは絶対権力持っているんだ。おまけに公務員だから外部との交流はほとんど無い。せいぜいとうちゃんかあちゃんたちが異業種で、それ以外と交流しなくてもやっていける。

結果、世界が狭くなる。そして、下手をすると視野が狭くなっていく。

学校って。
先生って。

子ども達にとって初めて接する外の「社会」で「おとな」だよね。

その接する世界が狭かったら、子ども達はどうやって視野を広げればいいのだろう?

学校は、かつては「文化の最先端」だった。
今はピアノなんて珍しくないけれど、ピアノを持っている家が少ない頃に、学校には必ず1台グランドピアノが置いてあった。
本も、実験道具も、何もかもが「学校じゃなくちゃ触れられないもの」だった。

だから、子ども達は学校にあこがれる。
未知の世界を知りたくなる。
学ぶことに夢を持つ。

なのに、今はどうだろう?
こんなネット社会の中で、学校の実態といったらほんの3年ほど前までこんな感じだった。
今でも、生徒が一番先端のパソコンを授業で満足に扱える状態の学校などはかなり限られているのではないだろうか?

……各家庭の方がよっぽど進んでいるのだ。

そして、先生たちはパソコンの扱いでは相当遅れている。
こうしてソーシャルスペースを活用して視野を広げたり友人を増やして世界を拡げたりする人がほとんど居ない……。

子ども達が、学校に「あこがれ」を持つことができるだろうか……という問いに対しての答えは明白なのだ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ほんとにねぇ。
もっとこういう場所で「先生」がでてきていろいろ活動すればいいのにね。
学校が外とつながれる場所はとても少ないから、ネットをもっともっと活用すればいいのにね。

外の世界とどんどんつながって、いろんな人とつながって、そうして世の中の流れや動きをもっと感じとって、生き生きとその世界で交流を楽しめる人だったら、生徒たちにもいろんな新しい世界を見せてあげることができるのだろうになぁ……などと、ふと考えてしまった今日なのでした。
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震災から2ヶ月たって……
[2011/05/11 10:08] 生活・自然
……ずっと掲載し続けていた「笑顔プロジェクト」の記事の5回目、最終を先ほど掲載しました。

長野県小布施町にあるお寺、浄光寺副住職の林さんの取材をしてから「これは書かなくては、伝えなくては」という衝動に押されて記事自体はあっという間に書き上がりました。

いろいろあったけれど、とにかく、震災から丸2ヶ月後の今日、最終の5つめをあげて、「何ができるの?」と焦りの中にいる人たちや「今どうなっているの?」とわからないなか次第に忘れてしまいつつある人たちに、改めてその実際を知って欲しいと強く思って書いた記事です。

もしもこの文を読んで、共感したり何か考えるところがありましたら。
どうか、周りの人たちにも投げかけてみてください。

「自分たちは、被災地の人に背中を押されて必死でやっているだけです。」

そういう笑顔プロジェクトの人たちは、やっぱり同じように「自分には何もできない」と口にしていました。被災地の人たちの想いや辛さを解消することは、たぶんどんなにお金を積んでもどんなにものがあってもできないことなんだと思います。

でも、こんな風に「想うこと」……被災地の人たちに想いをよせること、忘れないでいること……それだけでも、1人1人のできるすごく大切な事なんだと、わたしは災害後のもろもろを見ながらそう想います。

そうして、災害で失われた命に学び、教えられたことを風化させないことが、被災地の人の心を明るくし、被災地だけではなく私たちの生きるこの社会全体を明るく元気に……正直、災害前にはかなりねじ曲がった状態だった世の中を少なくとも「おかしいところはおかしい」と気がつける状態にするきっかけになるのではないかと強く想います。

無くなった命は取り戻せない。
でも、心に残すことでその命は永遠を手に入れます。

数え切れないほどの被害者の命を私たちは受けとめて、そうしてこの先を生きる事。

それが私たちに出来るただ一つのことなのだと想います。

偉そうなことを言えるほど、わたしは何もできません。
けれど、こうして自分の想いを記述して提案し、それについてを「考える」こと……わたしにできる事はそれだけですが、それしかできませんが、それをし続けたいと想います。


本当に、自分の力の小ささを思い知らされた今回でした。
いろいろな意味で、自分には何も力がない。
けれど、できる事は……小さくてもできることは、自分にしかできないことは、絶対にあるはずだ。
それをしていくことだけはあきらめたくない。

……そう、強く感じました。


どうか、よろしかったら最初から最後まで読んでやってください。

【N-gene】記事「被災地に笑顔を届けよう~がれきの山を越えて >>「笑顔プロジェクト」と「被災地の現実」

その1 その2 その3 その4 その5 
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「支援する側のケアも必要」の記事はすべての人に大切な記事。~2
[2011/05/09 12:42] 生活・自然
1の記事より続きます。

:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::

ただ一つだけ、間違えないで欲しいのは。

「自分がいなくても世の中はまわっていく」けれども……「自分がいないと、その分欠けた世の中になっていく」ということなんです。

決して「自分」の存在は無意味じゃない。
無意味じゃないからその存在がなんだか苦しそうにしていたら、周りはものすごく心配なんです。

人は、何で生きているのか。
自分のために生きている……それはまず、第一条件です。

でも、生きている喜びや張り合いを感じるのは、人の中に自分の存在を認められるときなのではないでしょうか。

人から誉められる、人から優しくされる、人と競り合って勝つ。
人が自分以外に存在するから嬉しいのです。

それは、自分にとっての周りの人間がそうであると考えると、周りの人間にとっての自分もそういう存在なんです。

だから、人が幸せを感じるためには、自分の存在がないとダメなんです。

逆に言うと、自分が不幸になったら、それを見ている周りの人も悲しくて不幸になる。

何も、人のために自分を削って頑張る必要は全くありません。
自分がそこにいて、誰かと一緒に笑ったり楽しんだりする、それだけで誰かを幸せにしているんです。

私もだから、たくさん笑いたい。
笑顔でいたい。

自分が笑顔でいることが、人を幸せにするのだと言うことがわかったから。
私が、私らしくあって、誰かのために生きたいという気持ちの中で、背伸びせず、自然に感じたことを伝えて人とあるのが誰かを幸せな気持ちにしているのだったら、私は無理せず自然にいたい。

……そう思えるようになって、ダメなときはダメだと、休みたいときには休みたいと、そう言えるようになりました。

そうしたら、今までは、病気のデパートのようにしょっちゅう風邪ひいたり寝込んだり熱出したりしていたのに、鬱の症状はおろか、風邪ひとつほとんどひかないようになったんです。

残念ながら、今までのいろいろから、夫婦の関係は解消することになりましたが、そう言う物事を通じて子ども達とは前よりもずっと、いろいろな話をし、お互いの気持ちを素直に提示しあえるようにもなりました。

そして、周りの人たちとも。

「頑張っている自分」を押しつけることなく、そして「相手のそのまま」を素直に受けとめながら、そこにある自分を感じて「居る」事ができるようになりました。

あなたが居ること。
それはとても幸せなことです。

あなたがそこにいる。
それは絶対に誰かを幸せにしています。

だからあなたは、そういう誰かのために、どうか幸せになって下さい。

苦しいこと、悲しいこと、辛いことも。
それが心に重くのしかかってくるのだったら、ひとりで背負わないで誰かにつぶやいてみて下さい。

そうして、誰かの助けを受けることは決して悪いことじゃありません。
疲れたら休むことも、決して悪いことじゃありません。
つぶれそうになるまで頑張るよりも、つぶれそうになる前に誰かに助けを求めて下さい。

一緒に乗り越えられたら、相手に微笑んで「ありがとう」って言ってみて下さい。
きっと相手は微笑んでくれるでしょう。
そして、その微笑みはあなたを幸せにするでしょう。

笑顔の力は。
何よりも大きな「ケア」の力を持っている……。


わたしはそう思います。
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「支援する側のケアも必要」の記事はすべての人に大切な記事。~1
[2011/05/09 12:38] 生活・自然
*この文は、Facebookページ「笑顔をつなぐ~スマイルコーディネーター」のノートに記載した文ですが、できるだけ沢山の人の目に止まって欲しいと思ったのでこちらにも掲載します。
なお、書いているうちに内容が長くなって大きく分けて2つになりました。なので、2つに分けて掲載します。

「助ける立場」の人に訪れる危機と必要なストレスケア(All about)


この記事を読みました。(本文は、リンクしていますのでそちらでお読み下さい。)

記事を読みながら、先日目に入った自衛隊の人たちに強いストレスやショックの症状が出始めているという記事のことを想い出しました。

連日連日、「不明者の捜索と遺体の収容」の任務。
がれきの山を崩し、その下から見つかるのは悲しい姿。

災害直後からずっと救助活動に入っていた自衛隊の皆さんは、最初の頃に報道に載ってくる写真や映像では「命をすくいあげた喜び」に充ちた表情でした。
赤ちゃんを抱き上げる自衛官。子どもを肩車する自衛官。
みんな「助けた命」の笑顔によって、ハードな任務や目の前の惨事に対してのショックも和らいだことだろうと思います。

けれど、もうすぐ震災から2ヶ月。
がれきの下に命がまだ続いている可能性は……残念ですがたぶんかなり低いと思われます。
救助隊の皆さんは「張り合い」も「喜び」もたぶん感じることができない状態が続くのではないでしょうか。

一刻も早くに不明者を……という想いや、早い復興を……という焦りの気持ちもわかる。
一方で、それをするためには人の労力が必要で、さらにその労力は通常よりもかなりの困難を伴う事態に対面せねばならないもので……。

何を優先するのか、その判断は非常に難しいことかとは思いますが、「一刻も争う命」の可能性と、それによる喜びをえられる可能性が小さくなった今は……できたらできるだけ「受けるストレス」や「ショック」を減らして「長期戦に備える力」を持てるようにする方を考えるべきなのではないか……と思ったりもするのです。

どうか、支援者の支援体制を是非整えて下さい。それはどこに願えばいいのかわからないけど、こうして小さなささやきでもつぶやくことでどこかに通じていくのだったら、つぶやき続けたいと思います。

:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::*:::

こう思うのは何よりもこの記事を読んでいく中で強く共感する部分がたくさんあったからです。

私は2回、うつ病に陥りました。
鬱になった原因を振り返ってみると、それは「自分が頑張らなかったら誰がやるんだ」という「責任感の思い込み」が大きかったと思います。

だから、自分が休んだら人に迷惑をかけると思っていました。
実際、どうにもからだが動かなくなって「休まなくてはならない状態」にあっても、「休む」と人に言うことがものすごく悪いことのように感じました。

職場に電話をかけるときには、電話口の上司から責められ怒られているような気になりました。
家では横になっていると、おなかすいたという子どもの言葉も、ごみが片付いていないという夫の言葉も、みんな自分を責めているように聞こえました。

だから休めない。
その重い身体を引きずってでも行くのには、「学校では自分を待っている生徒がいる」「家では母を必要とする家族がいる」という思い込みでした。

いえ、実際にそれは事実だったのかもしれません。
でも、自分自身に対して必要以上に人からの必要性を感じとっていた。……思いこんでいた。

「自分が行かなくちゃ」……それは、自分にとっても、それからその相手にとっても、ものすごく重たいことだったのだ……と今になってようやくそう思えるようになりました。

実際は、私が行かなくても生徒たちはちゃんと前に進むし、学校の仕事は動いていたし、子どもも大きくなっていくし、家族はまわっているのです。

「私がそこに加わること」で、私の持っているものが役に立つことはあるでしょう。
でも、それは「どうしても必要」なものじゃない。

自分の体を痛めても、心を引き裂いても、それまでして頑張る事じゃなかったんです。

だけど私は休めなかった。
その事実を実感できなかったので、休むことはとてもいけないことだと思っていました。
そして、自分ができる事は、実はそう大したことじゃない、ということも認めたくなかったのかもしれません。

だけど、周りからは期待されているような気がしたり、どうしても「できない」と言えない事情があったり、いろいろな条件が重なって「休みます」「できません」と言えない状況が起こります。

そんな時に、1人で何とかしなくては……と焦る気持ちが自分を追い込む。

生きているのは、自分ひとりじゃないんですよね。
だから、もっと、人に助けを借りても良かったし、泣き言言ってもよかったし、ほっぽり出しても良かったんです。

……それでもちゃんと、まわっていくんです。世の中はそれなりに。

これは、何も今の被災地で支援活動に当たっている人ばかりに言うことではなく、毎日の生活の中でも沢山見受けられることなんだと思います。

「支援する側のケアも必要」の記事はすべての人に大切な記事。~2に続く)
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