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息子の成人式に想う。~生きること~[2011/01/10 09:12] ひとりごと
羽織袴で出てみたい……。
「成人式、どうする?」と聞いた一ヶ月前に、息子はそう答えた。 そもそも、私は息子が成人式に出席するとは思っていなかった。 中学時代に、はっきりはしないけれどどうやらいじめがあったのがきっかけになって学校に行かれなくなった息子。 ずっと「友だちが欲しい」といって泣いて。 「だから学校に行きたい」と言っては青い顔をして私の車で学校に向かうけれども、校門が近づくと「やっぱりダメだ!」と叫んで行かれなくなってしまったあの頃。 学校に行きたい、勉強したい。 人と交わりたい。 そういう想いはたぶん、人一倍あったのだろうに。 その想いと実際とがどんどん食い違って剥離していって。気持ちを改めて入った高校でもやっぱりそれが空回りして。 一年人よりも遅れて入り直した高校は通信制で。 その通信制の高校は四年生なので、今年卒業になる。 あのころ。 息子を貶めたものも、息子を支えようとしてくれたものも。 皆、息子よりも二年時が進んでいて。 大学生になったもの、すでに社会で働いているもの。 そういうものの集まる集団の中に入っていくだけの力が息子にはあるのだろうか……。 いっしょにアメリカに連れて行ったり。いろいろな人に会わせたり。 いろいろなことを語ったり。バイトを経験するように仕向けたり。 息子にわたしは、思いつく限りの「きっかけ」は与えてきた。 彼が一人で歩こうと決意したときに、途方に暮れてしまわないようにと、一人で歩けるための材料は、わたしは彼の前に様々な形で提示してきた。 けれど、それは強制はしなかった。 彼の人生だ。 選ぶのは彼で、歩くのも彼だ。 わたしの出来るのは、必要な材料の提示だけ。 そして、あとは……親としてしっかりと彼のあゆみを見守ること。 成人式の葉書が来たときに。 彼に「どうする?」と聞いたのも、そういう想いがあったからだ。 行きなさい、とは言えない。 行くな、とも言えない。 そこに何があって、どんな想いが生まれるのか。 それは、彼自身が得るものであってわたしのものではない。 「羽織袴を着ていきたい」 そう答えた彼は、行くのだ、そう決めることが出来たのだ。 そう思って、わたしは彼の願いを叶えるべく用意を調えた。 昨日。 彼の成人式当日。 通信制の高校の授業は日曜日なので、彼は高校に出かけるが、そのあと羽織袴を着付けてもらうためにいつものようにバイクでは行かれないから、模試があって登校する娘と一緒に三人で車で長野に向かった。 いったん息子娘を学校に送ってから家に戻り、時間を見て再度息子の着付けをお願いした美容室に向かった。 美容師さんが手際よく着付けているその様子を見ながら。 ……20才なんだ………。 羽織袴が似合う息子は、20才で。 かつて、須坂に家を建てて保育園を転園したときにあたらしい場所でずっと泣いていた息子。 中学校に行かれないと、真っ青になって泣いていた息子。 友だちが欲しい。でも苦しい。人を愛したい。でも、人から愛されない自分はいやだ……。そういって苦しい頃、毎晩いっしょに真夜中車でドライブしながら泣きながら語りあったときもあった。 ……何でぼくは生まれたんだろう。何のために生きているんだろう。 彼の中にはずっとこの思いがあって。 それは時に自らの手首を傷つける行為にも走らせた。 頑張りたいのに、頑張れない自分。 体が思うように動かない自分。 いまだに、薬を飲まなくては体調が整わない彼だけれども。 20才なんだ。 羽織と袴がその表情を引き締めていくのを見ながら、わたしは何とも言えない気持ちが胸の奥に湧き上がっていくのを感じていた。 ![]() 「……母さん、だんだん苦しくなってきた。」 会場に近づくと、息子はそうつぶやいた。 行くのどうしようか、……という迷いが明らかに息子の胸を締め付けていた。 中学に送ったとき、校門が近づくと真っ青になってうずくまってしまった彼がわたしの脳裏をよぎった。 けれど、彼は、自分で車のドアを開けて降り立っていった。 「ねぇ、ママ……おにいが辛そうだったよ。ねえ、ママ。今からでもいいから、おにいを連れて帰ろうよ……。」 息子を置いて走り出したわたしに向かって、それまでずっとだまってすべてを見ていた娘が言った。 娘は、泣いていた。 「おにいが、きっと苦しいよ……おにい、連れて帰ろうよ。」 なぜだかわからないけど、泣けてしまう、と娘は言って泣いていた。 けれどそれはわたしには出来ないよ。……娘に言った。 行くことを決めたのはおにいで。そして、自分で羽織袴を着て今、車から降りたのだから。 そこに何があるのかは、わたしにはわからない。 あなたは心配するけれど、もしかしたらね、おにいにとって悪いことが起きるとは限らないでしょう? だからね、もしかしたらいいきっかけになるかもしれないんだよ。 そういったら、娘は黙っていた。 「寒いから迎えに来て!」 終わりの時間からだいぶたった頃に息子から電話が入った。 すぐに迎えに行くと、会場のロータリーで息子が待っていた。 「どうだった?」と聞いたら「つまらなかった」と答えたけど、その顔はけっして暗いものでも、それから「つまらない」という言葉に似合った投げやりなものでもなかった。 「小学校時代の懐かしい顔にあったよ。」「ぼくの友だちは、やっぱり小学校の友だちしかいないんだなぁ。」 といった後で、「ああ。でも、まだいるだけいいんだなぁ。」……とつぶやいた彼。 式に向かう車の中で、「今日はお祝いの日だから、何かごちそう作るよ?」というわたしに「それなら、普通の食事でいいです。魚と味噌汁があればいい。」というので、息子が式に向かった後で娘と買い物してきていたのだけれど。 「母さん、それ、明日にしてもらって良いですか?」というので、なぜ?と聞くと。 「今日は、友だちと飲もうと思う。」と答えた。 小学校の時の仲良しで、近所の男の子がいて。 中学校になるときに東京に越していった子が帰ってきていて。 その子は今、大学生だけど、学校辞めようかと思っているらしくて、やっぱり彼はぼくと似ているんだよなぁ……。 その子は近所におじいちゃんの家があって、そこに来ているので、今日は二人で飲む約束したんだ。 それじゃぁ、ご飯は明日にするよ……。 と答えて、「二人で飲もうと思う」という言葉に「大人になったなぁ」という思いを新たにして。 友だちと家飲みするんだけど、ピザでも買ってくるから車貸して。 そういって出かけていった息子は、しばらくしたら「はい、これ」と言って小さな箱を持って帰ってきた。 中を見たら、小さなケーキがふたつ。 「わかと二人で、食べてね。」 そういってその小さな箱をわたしに渡すと、息子は友だちの家におもむいていった。 まだ、心配はいっぱいある。 でも、もう、心配はしなくていいのかもしれない。 娘が泣いて息子を心配して、「ママ、携帯ちゃんと持っててね、おにいからでんわがあったらすぐに出られるように。」という言葉に平然と応えつつも、その前にすでに何回もカバンの中の携帯の着信履歴を横目で確認し続けたわたしだけど。 「20才になったらね、あなたは家を出るんだよ。」 息子には、そういってある。 大学に行くことは、彼は選ばなかった。 だけど、どうするのかは、まだ決まっていない。 勉強はしたいし、なりたいものはあっても、彼の実情からは難しい。 だからこの先、どうするのか……彼自身がまだ迷いの中だ。 だけど、彼はたぶん、自分で決めていくのだろう。 わたしが与えられる材料はたぶん、もう無いのだろう。 この先、わたしが息子に与えられる材料があるとするならそれはただひとつ。 わたしも一人の人間として、胸を張って自分の人生を生きること。そしてその姿を息子に示していくこと。 「生きているのは、辛いし、苦しいこと一杯だよ。でもね、それでも生きるんだよ。そうして生きることで、ちゃんと人は進んでいくことが出来るんだ。」 なぜぼくは生まれたのか。何のために生きているんだろう。 彼が持っていた疑問には、わたしは答えはあげられない。 だけど、わたし自身もその疑問の中に生きていて、その疑問とともに生きているからこそ出会った人、知り得たもの、学び、そういうものをきちんと提示していくことで、彼が彼なりの答えに近づけるようにしていくこと。 20になった彼に……成人式を迎えた彼に……わたしが親として出来るのはこの先このことひとつなのだろう……。 そう思った昨日の1日は、いろいろな想いがあふれかえる心せわしい1日であり、何とも不思議な1日でもあった。 スポンサーサイト
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01/09のツイートまとめ[2011/01/10 00:00] 未分類
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