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  2006年11月  

             
ちょっと待った!
[2006/11/01 10:14] 教育・学校
このひとつ前のブログに「いじめ」に関して、学校のこと書いたけど…今朝からいろんなニュースの記事見ているにつけ妙に気になり始めたことがある。

どの記事見ても、「教師の対応が…」「学校側が把握できてなくて…」
教師が、学校が、教師が、学校が。。。。そればっかりで………

ちょっと待ってよ………

「家庭」は?なんでどこにも出てこないの?

確かに、学校は今、忙しすぎて先生達は「心を亡くし」ている。
だけど、それは学校だけのせいなの?
なんで先生達はこんなに忙しいの?

「いじめられる子ども」のSOSを発見できなかった学校にも確かに落ち度はあるだろう。だけど、発見するための余裕を学校に与えないのは?それほどに先生達の心を亡くしてしまわせたのは何?

学校に来ている子供たちをもともと育ててきたのは親…家庭じゃない?
いじめられる子どもを育ててきたのも家庭ならば「いじめる子ども」を育ててきたのも家庭。

いじめられる子どものSOSを感じた家庭が訴えていっても、学校が対応していっても、「いじめる側」の子どもを育てた家庭がそれを「いけないこと」として認識していなかったら、子どもは絶対に変わらないじゃない。

いじめる子どもも、必ずその心の奥に理由がある。それを作ったのは学校?家庭?それとも「社会」?

子どもには、罪はない。何も知らない子供たちに社会での生き方を教えるのは「社会」で生きてきた「大人」たちだから。
その「大人」の代表として学校はあるけれど…でもかんじんの「家庭」は?

おかしいよ、もっと「みんな」で考えるべきことじゃない。
学校に責任があるような記事ばっかりで学校教育の低下を強調するような記事ばっかりだけど、そんな学校を作ってきたのは今の「社会」じゃない。「家庭」じゃない。

「自分たちで何とかしなくっちゃ」という意識が感じられないのが恐ろしい。

今、社会全体がゆがんでいるのに…そこに目を向けて、みんなが気持ちを切り替えて行かなくちゃ、学校も変わらないし子どもも変わらない。いじめはなくならないし不登校もなくならない。人ごとじゃないんだよ………?

学校は忙しい。かんじんの生徒の心を育てる暇さえないくらい忙しい。部活に会議…受験を見越した「合格」するための勉強。「結果」だけを求める社会に答えようと、学校は必死でやって来た。それが結局、「生徒の心」を育てる暇もない管理的な学校になり、先生に人間味がなくなり、学校の余裕がなくなり、そしてまた生徒の心が狭くなって…悪循環じゃない。

学校に求めすぎないで。社会の背負う物がもっとあるはずじゃない。学校を変えたかったら、社会を変えなくちゃ…。みんなが、変わらなくちゃ…。

たとえば、こんなことが実際に学校ではしょっちゅうあるんです。

先生達が、生徒たちをようやく下校させてから会議や次の日の準備に忙しい時間に…突然の電話でそれが中断すること。

電話の内容は、

「学校の生徒らしき子どもがイタズラをしている…すぐ来て指導してくれ」
「うちの子どもがまだ帰ってこない。学校では何やってるんですか?」
「子どもが車に向かって石を投げている。学校の指導はどうなっているんだ?」
「子どもが道から飛び出した。危ないじゃないか。」
「うちの品物、黙って持っていった。学校では何やってるんだ。」

エトセトラ、エトセトラ………

でもね、これって見ていたその人がなんでその場で子どもをつかまえて怒らないの?その子の家の親に注意しないの?
「おまえ、どこのうちの子だ?」って子どもを怒って引きずっていって、親に引き渡して、「こういう迷惑かけられた。子どもの指導をきちんとしてくれ」ってなんで家に言わないの?

見ている人たちも、家庭も、本来は社会や家庭で育てるべき部分まで学校に押しつけていませんか?

未来を作っていく子供たちを作るのは、大人みんなの責任だと思う。
学校に責任を押しつけて、学校を謝らせていっそう追い込んだら、もっともっと悪循環に陥るだけだよ?
「自分たちが何とかしなくちゃ」って思わない限りは何も変わらないよ。

早くみんな、気がついてよ………一番辛いのは、子供たちなんだから。
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せつない………(T^T)
[2006/11/01 01:23] 教育・学校
高校生の女の子が自殺して、学校側がいじめを確認できなくてみっともない真似を晒しています。

一方で「進学校」では「受験」のために必修の単位を取らせないことを平気でやって生徒を不安に陥れているし…。

そうかと思えば、どこぞの公務員は、休職をでっち上げて休んでいたのに給料はただもらって左うちわだったとか…。

どうなっているんでしょう??
あまりにせつないじゃないですか。

私は、休職しているのだけれど、減額とはいえお金をもらって休ませてもらっているのだから、少なくとも今の自分に出来ることは少しでもしたいと思い、仕事しているときには出来ない研修に行ったり放送大学で勉強したり、ネットで発信してみたり…からだと心が言うこと聞かなくてもちゃんと気持ちは「教員」の仕事しているのに…本当に行きたくても行かれないのに…。

そして、学校では生徒のSOSに気がつかずにいる教師が仕事している。
いや、正直言って、生徒のSOSに敏感な教師は今の時代に学校には行かれないんじゃないかと思う。SOSがあちらからこちらから満ちあふれているのだもの…学校には。ひとつひとつに真剣に対応していたら、教師がつぶれちゃう。
私もそれでつぶれた。

友だちのSOSに気がつかずに平気で傷つける生徒がいて、その傷の痛さに泣く子の泣き声を聞き取れない教師が増えて…ああ、もうなんだか悲しいよ。

どこからどう手をつけていいのか分からないくらい、今の学校はおかしくなっている。

「いじめ」とひとくくりにしちゃっているけれど、その奥は深くて広い。
うちの息子も、中学1年の時には同じ部活の仲間に入れてもらえなかったり、特定の生徒から蹴られたりしていたらしいが…その実態をついに親に知らされることはなかった。何回も担当教師には言ったけど…。

これも「いじめ」と言えばいじめじゃないかと思ったりもする。
でも、相手の生徒にそういう自覚があるのか?担当教師に、その本質を見抜く力や、その指導を適切にして気を配るだけの力と余裕とがあるだろうか?

正直言って、ないだろうと思う。

どうしたらいいのだろう?
私に何かできることはないだろうか?

せめて、ブログやHPで一生懸命に発信するしかできない。

「どうか、死なないで…辛くて苦しいかもしれないけど、どうか死なないで…あなたには命という宝物が与えられているのだから…いつかきっと、そのあたたかさに気がつくときは来るから…だからお願い、生きていて…」

そばにいたら、飛んでいって抱きしめてあげたいのに…。

自分の周りに、苦しんでいる人はいませんか?
ただ、そばに寄り添うだけでいいんです。
ちょっと耳を傾けてその子の声を聞くだけで救われるんです。
気がついてください…自分の身の回りにそんな人や子どもがいないかどうかに…そして、「大丈夫?」って寄り添って、抱きしめて、背中をなでてあげてください。そのぬくもりがきっと、その人を救う一歩になるはずなのだから…。

本当に、せつなくて胸が締め付けられるようです…。
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