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  2006年10月  

             
切ないよ…
[2006/10/15 03:01] 教育・学校
ちょっとだけ、愚痴ってみます。嫌な人は、スルーして下さい。

今日(とはいえ、もう昨日ですけど)私の部屋を、訪問した人がいました。
彼女は、私よりもちょっと先輩の元同僚の先生です。
同じ学校にいた時は、良い意味での協力や刺激をしあい、お互いに自分の理想に燃えて一緒に頑張っていた人でした。本当に優しく懐の大きい、「お母さん」先生でした。

信じられないことに、彼女も、「うつ」なんです。
以前、私が一人暮らしをしようかと迷っていた時に、私を町で見かけて声をかけ、背中を押してくれたのが、彼女でした。

その彼女がこの前の上京中に、突然携帯に電話をくれたのです。
教えていない携帯番号を調べてまでかけてきてくれたということは、何かあるのだろうと今日、電話をしてよかったらお話ししましょう、と言ったら私の部屋を訪れてきてくれたのでした。

彼女は、以前声をかけた時には、きっと自分の姿を私に重ねて心から心配してくれたのでしょうね。そして今は、今年復帰したのにもかかわらず、再びまた「うつで要休養」の診断が下ったとのこと。

話を聞きながら、信じられない思いでした。

だって…とても、周りの先生…特に管理職が彼女が「うつから復帰したばかり」だとは思えない対応をしているのですから。仕事の内容、時間数…健康な人間がやっても具合悪くなりそうなことを、復職したばかりの彼女に課していたのです。

私自身、うつが2回目です。1度目の復職の時には、校長のかなりの配慮があってそれで少しずつ元気になり、再び自分に自信が持てるようになったのです。
けれども、校長が変わっていくたびに、そういう思いやりは消えていきました。

どんなに周りの職員が応援してくれても、管理職の理解がないと教員はものすごく辛いです。周りの職員には、それぞれのクラスがあって、お互いに立ち入れない世界が多いのですから…教員の世界は。

そして、これを子どもに置き換えてみても同じです。

なぜ、不登校の子供が増えているのでしょう?なぜ、変化しないのでしょう?

やはり、まわりの理解がないからなのです。

校長はじめ、職員が本当に子どもを理解しようとほんの少しでも心を砕いてくれている学校では、不登校の生徒も変わってきます。けれども、学校に行けば待っているのは自分を特別扱いする先生…と言うよりも、自分が学校に来ることさえも待っていてくれない先生とクラス…。(担任がそういう立場をとれば、自然とクラスもそうなっていくのです。)

誰も待っていないのだったら、行く意味がなくなります。
勉強なんか、しようと思えば家で出来るんです。
学校にはなぜ行くのか?

友だちがいて、友だちとの関わりがあって、「よく来たね」と待っていてくれる先生がいて、「自分はこのクラスの一員である」という意識。

学校で悩める先生や、悩める子どもが求めるのは、「一緒にこのクラス(学校)を作り上げていく」という気持ちなんだと思うのです。

教育熱心でまじめな先生、周りの子に気配りの出来るきまじめな生徒、こういうものたちに「不登校」が増えている現実って、なんなんでしょうか?

本当に、やるせない思いでいっぱいです。

そして、子どものために思いきり悩んで自分の身や心や時間を削った教員も、自分中心で自分の思うように物を進めて周りの気配りなど何もない教員も、退職するまで同じ年なら同じ給料で、退職金も全く同じ。

こんな職場にいたら、手を抜いた方が得だよな…って思いながらも、手を抜けない教師が病気で休んでいく。

やっぱり変だと思いませんか?
正直言って、今のわたしは、「先生」は続けたいけど、「公務員」としての公教育に戻ることにはかなり抵抗があります。自分のめざしている力をつけるために、自分で勉強して(もちろん自費です)頑張ってみても、管理職や教育委員会の意向1つで自分のやりたいことが出来ない仕事にまわされることもある。

公務員である以上、それには当然従わなくてはなりません。でも、自分で勉強したことや、自分でめざしたものは全くお門違いの部署にまわされたらなんの役にも立たないのです。そんな規制の中でやっていくことが、いったい自分のためになるのだろうか?そう思うととても戻れない…という気持ちが大きいのです。

今日の彼女との話は、延々昼から夜の7時まで続きました。
結論なんか、もちろん出ません。
子どもや自分のためによかれと思って頑張ることが実らない職場(職業)…。
そのむなしさを互いに嘆いただけでした。
だって、たった二人の「落ちこぼれた休職中の教師」が何を言っても、学校現場は変わりっこないのですから。

ただ、私はとにかく今の自分に出来ることは精一杯やろうと心にもう一度決めました。

「うつのくれた贈り物」をすこしでもたくさんの、得に「教育関係」と「不登校関係」の人に読んでもらって、理解してもらうこと。

少しでも、こういう熱心なあまりに苦しんでいる教師や、まじめで頑張りやなゆえに孤独感を味わっている生徒のための学校を、いつになるかはわからないけど、絶対に作ろう、と。

途方もないことかもしれないけれど、だけどこういう思いを持った人間にしかできないこと、持てないパワーがあるんだから、とにかく、諦めないで少しずつ頑張ろう、と心にそう誓いました。

もし、これを読んで「なんて傲慢な」と思う人がいたら、ごめんなさい。
でも、本当に心から今はそう思うのです。
そう思わないと、あまりに切ないのです。
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