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  2005年08月  

             
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海猿#9 池澤さん…
[2005/08/31 19:39] ドラマ・テレビ
海賊からの銃弾を首に受け、池澤は周りの声もむなしく息を引き取る。怒りと悲しみに包まれる仙崎や「ながれ」の船員たち。

その頃、池澤の妻尚子は病院で生まれたばかりの娘を抱いていた。環菜が付き添い、二人で笑顔で語っているところに現れた海上保安庁の職員たち。何事かいぶかしむ尚子に、池澤の悲報が伝えられる。

やがて池澤の亡骸の横に付き添う尚子の所に仙崎が訪れ、「すみませんでした」と頭を下げ、首を振って微笑む尚子に「池澤さんから、お子さんの名前を預かってきました」と折りたたんだ紙切れを渡す。

そこにはたくさんの名前が書かれた中、「真子」に○が。池澤の思いを感じて涙する尚子。

その後、仙崎はショックから自信喪失状態でいた。訓練にも身が入らず、放心状態の仙崎を見て船長の勝田は仙崎に派遣命令を出す。行く先は、仙崎が潜水士としての訓練を受け、今は吉岡が訓練を受けに行っている海上保安大学校だった。

そこで再開に喜ぶ吉岡に対しても無表情な仙崎。潜水士である事に自信を失っている今、吉岡を励ます言葉も出ないでいた。

そんな仙崎は、若いメンバーの中に一人頑張る年配の矢吹と出会う。以前潜水士だった矢吹は事故がもとでしばらく陸上勤務だったがどうしても潜水士に復帰したいとやって来たのだ。そんな矢吹に、「なぜ復帰したいのですか」と聞く仙崎だが、「今のあんたには答えたくない」と突き放されてしまう。

矢吹はかつて、下川のバディーだった。しかし、事故で潜れなくなってもずっと下川が潜水士として自分を待っていてくれているからあきらめることはできないと体力の衰えにも負けずに頑張っていた。

その頃、仙崎を環菜が訪ねてくる。尚子の言葉を伝えにきたのだ。
「目の病気でもう潜れなくなっていたあの人が潜水士を続けていたのは、仙崎さんがいたからだと思うの」と。そして環菜は「もう一度、よく考えてみて」と優しく語りかけたのだ。

下川に答えるために苦しくてもあきらめない矢吹の姿を見続けた神崎は、最後の試験で吉岡があきらめそうになった時に思わず近づいて声をかける。

「頑張れ、吉岡、頑張れ!」と………


原作を読んでいたのでいずれは池澤さんが亡くなってしまう事は知っていましたが、やはり悲しかったです。涙が出ました。ふと横にいる息子に「悲しいよね」と話しかけたら息子も涙ぐんでいました。

特に、大切な人との愛の結晶の誕生の喜びにひたっている最高の時に迎えた大切の人の死という最大の悲劇。その悲劇を実に気丈に振る舞っていた尚子がなおさら悲しみを誘いました。

「あの人も喜んでくれたから」と言うシーンにフラッシュバックした出生届と死亡届の日時。それは確かに、娘の誕生したその瞬間には池澤が生きていた事を表していました。

池澤の死に悲しみながらも娘と生きていく事を決めた尚子は仙崎まで思いやる暖かさをもっていたのですね。

環菜も仙崎の苦しみを理解し、自分の事のように仙崎を心配し、励ます姿は心から大切な人を思う強さを感じさせました。

そして下川と矢吹の絆。それを知って仙崎を派遣した勝田船長。仙崎をしたって苦しい訓練も頑張る吉岡。みんな暖かいし、みんな生きているのですね。お互いを大切に思いながら生きている。そして生かされている。いくつもの絆からまた新しい絆が生まれてくる。人と人との間には、憎しみや悲しみもたくさん生まれてくるけれど、それ以上にあきらめなければ喜びや生き甲斐が生まれてくるんだという事を感じました。

残すはあと2回。生きるか死ぬかの瀬戸際に生まれる人の生き様のドラマを見つめていきたいです。

第3回 感想
第2回 感想  
第1回 感想

海猿 公式HP
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軽くなった!速くなった!
[2005/08/30 22:30] 趣味
皆さんは、ブラウザ、何を使っていますか?

私は今、MACのパワーブックが愛機ですが、このマシンを買った時からずっとIEを使っていました。

OSXになってからと言うものMACは非常に安定していて、フリーズもしなければアプリの強制終了もほとんどと言って無し。(ただし、AdobeのフォトショップとかGoliveとかは重くて時々動かなくなるけど。)

OS9までは新しいマシンが欲しくて欲しくて少しでもスピードが速くなるように考えてたんだけど、今はそんな気が全くないので5年使っているけどまだまだかわいがっていますし、故障もせず充分使えています。

ところが、ここ最近どういう訳かIEの動作が非常に不安定になってきてしまい、急に終了したり大きなページを見ていると、途中からスクロールできなくなってしまったり、たくさんのウインドウを開くとリロードするのにものすごく時間がかかったりするのです。

初めは設定などいじってみていましたが、「仕方ないかなぁ」と位にしか思っていませんでした。けれども、ブログの管理とか、オークションとかチャットとかをする時は非常に困るようになりました。

ブログのトラックバック送信でミスを多発して相手に迷惑かけた事。時間の近いオークションの入札でたくさんのウインドウでリロードをするのに、全部探し出しながら1つ1つしなくちゃいけない事、チャットの途中で動かなくなってIEの再起動をして再入室の手続きしなくちゃいけない事。

面倒だし、困ったし、どうしようと思ってだんなに「IEってアップデートしてないの?なんか軽いブラウザ知らない?」と聞いたところ、教えてくれたのが火狐wでした。

さっそくVectorにいって検索したらすぐ見つかりました。
ダウンロードしてインストール。開いてみるとシンプルながらもスマートなデザイン。Googleほかの検索窓も標準装備。何より、タブが使える事がものすごく便利。たくさん開いていたウィンドウは、スッキリ1つに収まります。おまけに、全部一斉にリロードも可。

チャットしながらオークションも楽々になりました。(おかげでますますオークションに嵌ったけど…orz)

そしてそして、動きが速い!読み込み、リロードがあっという間です。
なので、最初はリロードが終わった事にも気づかないくらいでした。

最初の設定も簡単だったし、なんでもっと早く乗り換えしなかったんだろうと後悔。

そのすばらしさに、ブックマークのインポートの大変さも根性で乗り切りました。(なんか、WINではIE→火狐の対応が出来ているそうなんですが、MACでは非対応なようでうまくいかず、自分でファイルを作り直して移しました。)

今はネット環境最高です。(^_^)v
MACのIE使いの人、おすすめですよー。
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いま、会いにゆきます#8&今日見たテレビ
[2005/08/29 23:53] ドラマ・テレビ
「いま、会いにゆきます」第8話を娘と見ました。

ついに知られてしまった澪の秘密。そして自分を取り巻く人々の不自然さに気がつく澪。巧の病気がきっかけで動きが出てきました。

ひっくり返してあったてるてる坊主が1つ上向きになっていて空は青空。読んでも澪は返事をせず、必死になって澪を探す巧の姿は痛々しく、それだけに、澪を思わず抱きしめる場面はすごくよかったです。

巧の胸で眠る澪。優しい時が永遠に続いて欲しいと願わずにはいられなかったシーンでした。

二人の距離は、どんどん近づいているのに、それと共に別れもどんどん近づいてきて焦る巧や祐司。

自分の書いた絵本を偶然手にとって、中を見てしまった澪。

あと3回の残りで焦りはじめたのは登場人物だけでなく、脚本の方もそうかなぁって気がしました。だいぶ展開があわただしくなっているような…。

この話の一番の大切な部分をあと3回でうまくまとめられるのかな。
ちょっと心配です。素敵な話だけに、ファンタジーのままうまくまとめて欲しいなぁ。

映像は相変わらずきれいです。
緑のしっとり鮮やかな事。したたる雨の滴の美しい事。森の中の廃屋のシーンは、いずれ消えてしまうであろう澪を予測させるような描き方でした。

あとは…澪のお母さんの存在ってこの話に必要だったのかな。
気持ちはわからなくもないけど、でもあれじゃただの八つ当たりだし。
お節介なところも重たく感じちゃってなんだかあんまりいらなかったような気がします。


あとは…「義経」を飛ばし見して、でも予告編だけはじっくり見ました。なんで金粉が…(^_^;) 来週は見ようっと。壇ノ浦の合戦だし。

それから昨日とってあった「新堂本兄弟」で清水ミチコの物まねで笑って…そうそう、先週の「ブリーチ」も見ました。藍染隊長ぉぉぉぉー。

今日はそこでダウンでした。
昨日頑張ったのがやっぱりこたえたようです。

でも、こんな時間まで起きていたのはまたもやオークション見てたから。ああ…懲りない私。

娘が明日から登校を許可されてよかったです。息子は学校に行かれるといいな。

いつも長くなっちゃうので今日はここまでにします。
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今日見たテレビ
[2005/08/28 23:58] ドラマ・テレビ
今日は…一日中頑張りました。

何を頑張ったかというと、たまっていたビデオの鑑賞です。
そして、あと、いままで体調が悪かったのでほとんど外に出てなかったんですが、外出もしてみました。(とは言っても、だんなさんに車に乗せてもらってひとまわりしてきたのと、久しぶりに家族4人揃って外食に行っただけですが。)

それだけでも、ずっと起きあがれないでベッドの生活して、テレビは見る気になれず1時間見るとぐったりしていた私にとっては画期的な行動でした。(あまり威張れませんが…)

今日はまず「トリビア」とたけしの「本当は怖い家庭の医学」を見、そのあと昼寝から起きた娘と、「いま、会いにゆきます」の先週分を見ました。今週のは、まだ見ていませんが、映画にはなかった展開が出てくるようで、明日元気だったら気になっているのでまた娘と見ます。

それから、昨日の「島田検定」のスペシャル。あと、息子とCDTV…その辺まで見たら、すっかり疲れてぐったりしたのでしばらく横になって休憩。

今日「いま、会い」を見なかったのは、「丸山弁護士」が気になっていたので、「法律」の方を見たからです。

丸山弁護士、さすがにぐったりしていつもの余裕あるトークではなかったですね。でも、完走!すばらしいです。お疲れ様でした。

途中の様子やゴール時の様子は外食中なので、まだビデオの中ですけど、帰りの車のなかで丸山弁護士の完走を知りました。

紳助や他の法律メンバーから「100キロって大変だと思いませんでしたか?」と聞かれて、「1キロの100倍だから、1キロを重ねていくと思ったら、走れない事はないと思いました」というセリフは、なんだかいいなぁって思いました。

その後、帰宅して「法律」が終わったあと、「さんまのからくりテレビ」(日曜夜の家族の楽しみ)をビデオで見ました。正直この時はもうぐったりで早く横になりたかったのですが、息子が一緒に見ようよというので、限界までつきあいました。「みんなのかえうた」が終わったあたりでさすがに疲れてベッドに退散しました。

けっこう体力的にはハードだったんですけど、家族で一緒に考えたり笑ったり出来るネタを提供してくれるテレビって、使いようではほんとにいい家族コミュニケーションの道具です。先日やはりビデオでみた「あるある大辞典」で、笑いの効能についていろいろやっていましたが、うちの場合は私が笑い袋なんですよね。

息子が私とテレビを見たがるのは、自分と一緒に笑ってくれる人が欲しいのだと思います。私の体調が悪くてテレビを見に起きて行かれない日は、息子の笑い声にちょっと娘のが混ざり、時々だんながくすっと笑います。

私は「鬱」病の治療中ですが、調子のいい時には普段は大きな声で笑う方です。なので、私が一緒に見る時は、まず私が大声で笑い、息子が一緒に笑い、娘がつられて笑い、だんなは時々あははと笑う。子供たちは私とネコのようにじゃれ合い転げながら笑います。(二人とも中学生ですけど)なので、息子はなんだかんだと理由をつけて「一緒にテレビを見よう」と言います。

ここのところ、娘の看病と、自分の体調の悪さで一緒にテレビを見られずに部屋にこもって横になっていたので、ちょっと調子の良かった今日は少し精を出してまとめて一緒にテレビを見たというわけです。

うーん、さすがに疲れが極限です。体の中に、「疲れ」が物質となって沈殿する感じってわかります?体には無理させたかもしれないけど、久々に家族揃って笑う時間が心は軽くしてくれたように思います。(あと、かなりたまっていたHDDレコーダーの中身もだいぶ整理して軽くなりました。頑張って見た理由のその2です。)

体の疲れが明日に響かなかったら、明日も家族のためと、少しHDDの空きを増やすために頑張ります。(まだまだ山ほど録画あり。涙)



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この頃はまっている事
[2005/08/27 02:30] 趣味
近頃はまっているもの…それはネットオークション。

まずいですよー。そう大きなものは買いませんし、ある金額以上は出さないと決めているので(決して暮らしは楽ではないので)金額的にはへそくり程度のものですけど。(と言っても、自分で働いたお金だからへそくりなんてないんですが)

何が楽しいかって、自分の気に入ったものを時間のぎりぎりまで粘って、見えないネットの向こうのライバルたちの動向を読み、自分のこづかい程度の金額の範囲で競り落とすその楽しさがたまらないのです。

特に1円オークション。
普段だったら手を引いてしまう品物が自分の手に届くところにあり、自分がそのものの価値を決めるのだと思うとなんだかワクワクするのです。そしてそのものへの愛着がわくのです。

いままでは、日常で必要なものを市場よりも多彩で安めなカタログから選んで購入するくらいの感覚しかなかったので、テレビの音質を向上させるためのサラウンドシステムとか娘の部屋の冷風扇とか、新しく生まれたオカメたちのケージやパウダーフードなどを、買い物に出られない自分が出来るだけ値段を抑えて購入できるようにというくらいの意識しかありませんでした。

そんな私が、ベッドで横になりながら気晴らしにのぞいた1円オークションで目についたのがまん丸のトルコ石(ターコイズ)でした。

トルコ石は私の生まれた12月の誕生石ですが、いままで見て来たどんなトルコ石にも魅力を感じませんでした。4月のダイヤとか、私の大好きな幻想的なオパールに比べたら「安物の石」「網目があって艶がなくて見栄えのしない石」という意識しかなかったのです。

しかし、その写真のトルコ石にはなぜか強く惹かれました。初めて「欲しい」と思いました。きれいな3センチ円形のその石は、まるで宇宙から見る地球のような深いブルーと雲のかすんだような模様で出来ていました。きれいに磨かれて輝きもあり、それまで「宝石」には全く興味のなかった、ましてやトルコ石には見向きもしなかった私が心を吸い込まれたのです。

家族とか、生活のためだけにオークションをやっていた私が初めて自分のためにやりたいと思わせた石でした。

そして、それを落札した時は本当に嬉しかったです。

届いたその石は、写真で見た以上に私を魅了しました。箱を開けて出てきたその石を見て、なんだか元気が出ました。大切に手の上に載せては飽きもせずに眺めました。

トルコ石は、持ち主の安全を守る石だと言われています。贈られると何倍もの幸せを運んでくれるとも言われます。いま、ベッドの頭のボードのところに大切においてある石は、毎日ここで横になって療養している私に元気をくれている気さえするのです。

石の持つパワーを信じたわけではありませんが、その石は確かに私を元気にしてくれているんです。

さて、それからはチャンスがあるとオークションで「石」を見るようになりました。最初はトルコ石。そのうち、いろんな石を見ていくうちに別の石にも興味を持つようになりました。自然の作り上げた芸術品に魅了され、またそこに「自然の心」を感じるようになったのです。

私は田舎育ちで田んぼに囲まれた場所で育ちました。
青々とした緑と豊かな水。夕焼けの赤に雪の白。自然の彩りはふんだんに周りにあり、その美しさを全身で受け止めながら育ってきました。

自分の終の棲家も、そんなところに建てたいと思っていましたが、家族や義理の親との関係で、長野としてはけっこう町中に家を建てる事になりました。

うちの前は太い道路で両横にはレンタルショップとハローワーク、その向こうにはチェーンの居酒屋さん。駅にも高速のインターにも近く、新幹線が出来てものすごく東京も近くなりました。人によってはそんな環境を「便利でいいね」と言いますが、私にとっては苦痛でした。

道路には一晩中街灯が明るく輝き、隣のレンタル店は深夜1時まで営業。店に囲まれた我が家には夜の闇も静けさもありません。居酒屋で酔った人は大声でしゃべりながら前の道を歩き、一日中車の通るその道は、改造車が爆音を響かせます。涼を求めて家中の窓を網戸にしておくと、テレビの音がよく聞こえません。時々、駐車違反の車が家の前でエンジンや中の音楽をがんがん響かせながらずっと停まっています。

中学の頃、毎日眺めていた美しい夕焼けや真っ暗な夜空に光る星は周りのネオンにかき消されて見えず、夜の子守歌になった蛙の合唱や目覚まし代わりのカッコウの鳴き声は深夜もかまわず活動する車やバイクの騒音や集団で歩く人々の大声と笑い声に代わりました。せめても庭に池や芝生を、と思ったのですが、義父の所有であった庭は義父の管理のもとにあり、学校のグラウンドのように踏み固めて雑草も生えないようになっていました。せめてもと望んで、玄関前に白樺を植えてもらったのが10年たってやっと道から家を隠してくれる程度です。池の代わりは、リビングにある水槽。まだこの家を建てた頃は元気だったのでリビングにたくさん鉢植えを育てていましたが、最近、私の元気が無くなってきてからは世話をする気にもなれず、少しずつ減ってきています。

そんな私が久しぶりに「自然」を感じる事が出来たのがこのトルコ石だったのです。大好きな水や空を想像させる青。気のせいだと言われればそれまでだけれど、少なくともそこにある小さな「自然の力」に私は元気をもらったんです。

人工物に囲まれて生活する事に息苦しい心が求めたのでしょうか。それ以来オークションをのぞいては、「石」を見ています。トルコ石と同じように藍色の深い中、金の粒が輝くラピスラズリには「星空」を想像します。以前から好きだったオパールは、たくさんの自然の要素をその中に詰め込んでいます。コンクリートやアスファルトと違って、どんな小さな石からも「生きているよ」というメッセージが聞こえてくる気がします。

私は、だからギンギラに輝いたダイヤで飾り立てたアクセサリーはあまり興味はありません。アクセサリーのなかでもごてごてに並べられているものは、どんなに高価でも興味ないのです。そこに並んでいる石は、詰め込まれて苦しそうで自然じゃないからです。キラキラさせたかったら、人工ダイヤや色ガラスで充分じゃないですか。

オークションでいつも見るのは「ルース」のコーナー。ルースとは「裸石」、つまりアクセサリーとして作られたのではなく石自身の魅力を感じる物です。写真を見て、なんだか自然の息吹を感じられる物に、つまり自分にとって価値のある石に魅せられて手の届く値段で手に入れる。私にとって、石のオークションは今の自分に出来る自然との対話なのかもしれません。もっと価値のある石を、と思われる人もいるかもしれませんが、気に入った石は安物でも大切な「自然」のひとかけら。

そんな自然のかけらと出会い、集めるために、今日もオークションをのぞく私なのでした。

「お気に入り」の石は、ある程度たまったらここにも写真でアップしますね。



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「テレビガイド」のおもしろ記事
[2005/08/26 20:36] ドラマ・テレビ
水曜日発売のテレビガイドを買っている。

何しろ、ケーブルテレビが入っているので新聞のテレビ欄だけでは物足りないし、スカパー!も入っているし、HDDレコーダーを入れてからは2番組録画しながらもう一つのちゃんねるを見る事も可能なため、番組視聴&録画計画を立てるのにはスカパー!のガイドブックと共に欠かせないからだ。

その中に、「教師ドラマ夢の座談会」という記事があった。

歴代の学校もののドラマの名物熱血教師と、今期のドラマの冷静沈着教師との対談と銘打ってあり、金八先生はじめヤンクミとか鬼塚とかの似顔絵の両脇に「いいかげん、目覚めなさい」という真矢と「バカとブスこそ東大へ行け」と言う桜木の写真が。

いやはや、面白いですねぇ。ほんとに、この先生達が一堂に会したら、どんな教育論が展開されるのかなぁ。みんなが一緒にいる職員室の職員会とか学年会とか教科会なんかをほんとにのぞいてみたいものです。

そもそも、家族ものや時代劇の多かった昔のドラマから、「あの夕日に向かって叫ぼう」なんていう熱い青春ものがはやりだした頃からなんだろうか、教育をドラマの題材に使い出したのは。(まだそのころは子供だったからよく覚えていないけど)

ラグビーとか、バレーとかの部活ものから始まって、高校生、中学生の思春期の生徒たちとの交流から、ドラマの対象も次第に低年齢化というか、広域化というかしてきて小学校も話題になるようになったのはいじめとか不登校とかが問題になり出した頃からなのかなぁ。

ちなみに、「熱血教師」として名を連ねたのは金八先生が中学で、あとはスクールウオーズの滝沢先生、GTOの鬼塚先生、ヤンキー母校に…の吉森先生、ごくせんのヤンクミと、み~んな高校の先生。確かに高校は学校ごとの特色もあるし、いじりやすいんだろうね。

その点、小学校の先生として今回真矢が出てきたのはなんか現代を象徴している感じ。そして、単なる「青春物語」として高校生活を描くのでなく、世に出て行くための手だてとして勉強をメインに持ってきた桜木も、単なる精神論だけで教育を描くのではないところが今までと違うよね。

いろんな意味でこの記事、フィクションで単なるおもしろさを出すためのものかもしれなかったけど、ちょっと考えたりもしました。

さっきも書いたけど、実際は学校の中って本当にいろいろな先生がいるものです。金八っぽい人もいれば、真矢みたいな人もいて、ヤンクミみたいに生徒と一緒になっちゃう人もいて、それで動いています。「この先生が理想」というのはあっても、「これが完璧」というものはないのだから、それぞれの先生の得意分野やいいところを生かしつつ職員全体で学校をもり立てていく事が大事なんですよね。

みんなが金八先生でも困る。みんなが真矢でも困る。不完全だからこそ、そこから生まれてくる視点があり、それを補い合う事が必要だし、それぞれの生き様や性格や考え方がみんな違うからこその良さをもって学校が生き生きとしていく事だと思います。

「みんなちがって、みんないい」
「ナンバーワンでなくオンリーワンに」

この言葉が共感を持って受け入れられる今、それがなぜかを考える事が大切ですよね。


さて、今日はやっと先週のドラゴン桜をビデオで見ました。先週の今頃入院していた娘もようやく元気になってきて、今日は学校を休んでいるけどテレビを楽しむ余裕も出てきたので一緒に見ました。

龍山高校の生徒たち、多分東大模試ではさんざんでしょうね。「頑張っても実を結ばない」苦しさが今日はおそってくるのでしょうか。どうやって新しいステップを踏み出すのかな。

今日も楽しみです。

「やさしさと甘やかしとは違う」
真矢のこの言葉、私も本当にそう思います。優しさを甘やかしを取り違えて育ってきた子供たち、壁や苦難に出会った時の「自分で何とかしよう」という力が弱いです。そこをどう乗り越えさせていくのかが教師の腕の見せ所。今期ドラマの「教師」たちはこれからどんな腕前を見せてくれるのでしょうね。…学校ドラマが熱いなぁ。


今後の記事の予定です。
日にちをさかのぼってガラスの仮面や花とゆめの感想をアップします。
このあとはドラゴン桜・いま、会いにゆきますなど見たところから感想を書いてゆきます。

娘の具合もよくなってきたので、また順調に記事のアップが出来るようになると思いますのでよろしくお願いしますね。
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政治はパフォーマンス?
[2005/08/23 23:51] 生活・自然
昨日の政治に対する毒吐きに、けんさんから次のようなコメントをいただきました。

政治というものは 
様々に異なる世間の人々の利益を調整するという役目だと思うのですね。
絶対に正しい道とか 誰もが幸せになる道は ありえないと思うのです。
楽観的に過ぎるのかもしれませんが
僕は四十数年生きてきて 小泉さんも田中さんも
それぞれ 今までの政治家にはなかった行動をとっておられると思います。
厳しい目で見ていくことも重要だと思いますが
今ほど一般の民衆が政治に影響を持つことができる時代や場所は 
人類史上、そうはなかったと思いますし
明確にご不満があるのであれば、どんな形であれ 
政治に関るべく行動をとればいいと思いますよ。


この件に関して、コメントでのお返事じゃうまく表現できないので、今日の記事として書かせてもらおうと思います。

けんさんのおっしゃることはもっともだと思います。
政治は、おのおのの人々の生活の調整をするため、それを守るために出来る限りの妥協点を見極めて道筋をつけていくものだと思います。

当然、すべての人に良い、なんて状態を望むのは無理でしょう。
そして、これが正しい、のかどうかも誰にも言えることではありません。

ただ、「政治家」になろうとした人は、少なくともそこのところを「何とかしよう」と志している人であろうし、いろいろな知識を持って、選挙で選ばれた代表としてやるべきことはあると思うのです。

私たちが政治に関わろうとすると、一番身近なものは選挙です。
その選挙に対する態度が、こんなものでいいのだろうか、単なる政党同士の戦い、政党の内紛の後始末…そんな感じがしてならないのです。

小泉総理も、田中知事も、確かに、今までにない政治活動をしてきました。それは、良かれ悪しかれ既存の保守的な政治に刺激を与えました。政治に興味を持つ人も、多くなったかもしれません。今回の選挙に興味を持つ人も、増えているように思えます。

けれども、少なくとも政治家であり、さらにその頂点に立つ人の影響力がいかに大きいかという点を、このお二方は甘く見ているのではないかと思えるのです。

小泉総理の訴える、郵政民営化。
官民の格差や、税金の出費を抑えるには、確かに必要な事だと思いますから、その点では反対はしません。けれども、選挙の争点としてそこだけに的を絞るのは、あまりに視野の狭い事ではないでしょうか。

たとえ民営化に賛成だとしても、今のままの「これからの姿」が明確でない状態では、OKと言い切れません。自民党の公約は、良い事を言っているようで実際は明確な規準を示していません。

たとえば、「少子化問題」についても、取り組むとは言っていても実際に何をしていくのかが全く見えません。自民党の掲げた新しい憲法の案を見ると、実はその陰に、「自衛」という名の戦争を公認している点は、恐ろしくもあります。イラクに派遣された自衛隊は、命の危険にさらされながら一向に帰国できる雰囲気もありません。アメリカに頼って寄りかかっているように見られる日本はまた、テロの危険におびえています。

アメリカと仲良くするその一方で、近隣のアジア諸国への方策はどうなっているのでしょう。靖国参拝を「敗戦」の日にしなかったからと言って、それだけでは納得してもらえるものでしょうか。

「自民党をぶっつぶす」のは結構です。ご自分の公約を果たそうとする姿もいいと思います。けれどそのための方策をもっと取る事はできなかったのでしょうか。新聞やニュースで読みとる姿からは、「ごり押し」としか見えないのですがどんなものでしょうか。

長野県民から見た、田中知事。
「脱ダム宣言」を押し立てて、無駄な公共事業をやめようとし、また、知事室を県庁の入り口近くにガラス張りで作って「県民に近づく」姿勢、知事宛のメールを歓迎して、それを県政に取り込もうとした姿、そんな知事が県議会と対立して知事選をやり直しすることになったとき、多くの県民は「古い保守的で密室に隠された」県政が変わる事を期待して応援しました。今までにない政治の姿勢は新しい風を吹き込んでくれたように思いました。

他の県から見たら、「革新的」で「メディア受け」する知事を見て、「長野県はすごい」と思われるかもしれません。けれども、知事が就任してから県民が期待している知事の姿とは違う姿も見えてきました。

その姿や様子は、小泉首相と共通するものがあるように思います。
知事宛のメールが飛躍的に増えたようですが、取り上げられたものはどちらかというと「メディア受け」する事柄ばかりのような気がします。その姿を見ていると、「県を何とかしよう」という気持ちよりも、「自分が活躍している様子をアピールしよう」という気持ちの方が強く感じられてしまうのです。なので、次第に県民の心は離れつつあります。知事に振り回されてついて行かれない人が多いのです。

今回の新党立ち上げも唐突でした。日本を変えていく事は大切かもしれません。でも、県民を振り回して振り落としていながら、「地方の代表」として日本を変える事ができるのでしょうか。正直言って、「またお得意のパフォーマンスか」くらいにしか思えませんでした。なぜなら、そこには方向性が全く見えていないからです。

わたしも、けんさんと同じくらいの年月を生きています。(60年安保の年生まれ)
けれども、はたして今が一番政治が身近になっているのでしょうか。私はそうは思いません。小学生の頃、中学生の頃覚えている佐藤総理とか田中総理とか、総理大臣のアクの強さだったら小泉首相には負けていないと思います。けれども今と違うのは、子供なりに「この人に頑張って欲しい」と思う政治家がいたんですよね。「この党を応援したい」と思う政党があったんです。

それは、「国を背負って立つ」気持ちで政治家というネームプレートをつける人がちゃんといたからだと思うのです。選挙の一票の重みをしっかり感じて、選ばれたものとして代表の役割を果たし、その思いが伝わってきていたからだと思うのです。

今はどうでしょう。選ばれたあと国会でいったい何をしているのか、全く見えてきません。国会中継を見ると、居眠り、欠席、ヤジ。子供に見せられる姿ではありません。「この人にだったら、ぜひ政治を任せたい」と思うだけの主張の出来る人が見つからないし、見えてこないのです。「選挙で勝つ」という言葉は、その最たるものだと思います。

大切なのは、選挙に当選する事ではなく、当選したあとどう自分に科せられた課題を乗り越え、対処していくか、と言う事ではないでしょうか。「自分はこれをやりとげたい」という思いと投票する人の願いが重なればおのずと支持は集まるはずです。勝ち負けにこだわる今の選挙は、「投票したあとは自分の都合いいように出来る」と思われているようで、今ひとつ重みがないのです。与党になるために自民と公明が協力しあっているのを見ても、無所属で当選してから自民に寝返りを打つのを見ても、自分たちの都合のいいように動いているようにしか思えません。はたして、こんな選挙が意味を持つのでしょうか。私たちの意見を反映していると思えますでしょうか。

憲法9条の問題1つとっても、もっとはっきりと自分の意志を選挙で述べられる人は今の政治家にどのくらい居るのでしょう。郵政民営化よりも、「日本」という国がより平和に、より幸せな国になるためには必要な議論だと思うのですが。「少子化」を解決しない事には、年金、税金、教育などの問題が解決しないと思うのですが。なぜ子供が少なくなっているのか、真剣に考えてみていけば、「自分の子供が幸せに生きられる世の中」にして行くにはどうしたら良いのかという議論がまず立つべきだと思うのですが。

さて、私の政治に対する思いを書いてきましたが、けんさんが最後に書かれている「明確にご不満があるのであれば、どんな形であれ政治に関るべく行動をとればいいと思いますよ。」というご意見について、「政治に関わる」ことがどういう行動の事を指すのか良くわからないので、良かったらぜひこれについて教えてください。

私は、政治に関わるという事は、自分のすべきことを考えて自分の役割を果たし毎日の生活を一生懸命に送る事だと思っています。

新聞や本を隅から隅まで読んで、いろいろな事件を知り、いろいろな人の考えを知り、今の自分や自分の家族がどう生きるべきか自分の考えを持ち、仕事に誇りを持って生きる事だと思っています。身近で困っている人がいれば声をかけ、困った事があったら相談し、間違いをしてしまったら素直に謝り、うまくいったら喜び合い、人として真剣に生きる事だと思っています。

その中で、生まれてくる問題を周りの人と力を合わせて乗り越えたり、支え合って解決したりする事。その周りの人とは、家族のみならず地域や職場の人々、ネットでつながる人々、関われるだけの人々の事です。

関わりきれない日本の他の人や、外国の人たちの分、自分では手の届かない人たちの分を自分の選挙で選んだ人に任せるのだと思っています。だから私は選挙は絶対に棄権しません。そして、自分の後に続く子供たち、たとえば自分の子供とか、学校で教える生徒とかには、政治の流れを知らせて子供なりに考えを持ってもらい、選挙権を持った時に棄権せず大切な一票を投票できる人に育てていこうと思っています。

だからこそ、自ら政治家として立った人には、任されたものの重みを感じ、それだけのものを背負ってもらうのが当然だと思っています。わざわざ時間をさいて投票に行くだけの重みのある票をもっと感じ取ってもらいたいのです。

自らのための、パフォーマンスはもう充分です。
もっと近くにおりてきて、一緒に痛みや喜びを感じる政治をして欲しいのです。
自分や、家族や、子孫や、日本の人々、そして世界の人々が本当に幸せになるのだったら痛みも受けましょう。でも、少なくともその痛みはみんなで分かち合っていきたいものだと思います。戦争で前線とは無縁の命令を出すだけの司令官化して欲しくないのです。痛みや喜びを共有し、感謝の心を忘れない、そんな思いを感じさせてくれる人に投票したいと思っています。

これを読んで何か感じる事がある方は、ぜひまたコメントしてください。


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日本の政治って・・・
[2005/08/22 02:19] 生活・自然
衆議院の総選挙。「郵政民営化」についての国民投票みたいに小泉さんは言うけど、はたしてそうでしょうか?日本国民って、そこまでバカにされてるのでしょうか?

「選挙に勝つ」「負けたら辞任」って・・・選挙ってさぁ、あなた達政治家の競争なんでしょうか。選挙に勝ったら何しても良くって、負けたらすべてが終わりなんですか?

ホリエモンが出馬ですか。知名度があれば政治手腕は問わないんですか。

同じ自民党同士で対抗ですか。候補者の1番上に女性を出して、女性票を期待しているんですか?それでもし、勝ったらいったい「どんな政治」をしてくれるんですか?話題を振りまき、国民の関心を高めている点では評価しますけど、「選挙後」が全く見えてこないこの選挙に、誰に投票したらいいのでしょう。

正直言って、政治をめぐっての「自己主張」の渦に巻き込まれるのはもううんざりです。政治家が「自分のこと」しか考えていない姿しか、そこには見えてこないから。いったい誰が、「国民の代表」として戦ってくれるのでしょう。この選挙で、郵政民営化についての賛否がわかるだけだとしたら、後はどうでもいいのですか?

年金は?税金は?外交は?教育は?経済は?福祉は?憲法は?

すべて、私たちの手の届かないところで「選挙に勝った」特権を持っているだけの人々に好き勝手にいじられるのかと思うと、ぞっとします。選挙の勝ち負けだけですべてを考える人たちに国を動かされるのかと思うと、日本のこれからがとても心配です。

田中知事、新党の党首にですか?はぁ?
長野県でさえきちんと出来ないあなたに、知事以外のお仕事が出来るとはとても思えませんが。少なくとも、「新しい長野県」をめざすあなたの思いに感動し、期待して最初の投票と、その後の議会との対立のための選挙はあなたに投票しましたけど、その後、ますます苦しくなるばかりの生活と、マスコミを意識してのパフォーマンスばかりのそのわがままな行動に、早く別の知事になって欲しいと願う県民が増えていること、感じませんか?

投票率が下がる一方だけど、それの責任は誰がとるんでしょう。「誰がなっても変わらない」「どうせ政治には手が届かない」という無力感を植え付けた政治家の皆さん、もっと本気で「この国を何とかしよう」という気迫を見せてください。欠かさず投票していても、何も変わらない国民をバカにしたような政治に無力感と脱力感を感じている人間に、どうか「自分の一票が重みを持っているんだ」と思わせてください。そして投票権を持つ日本の皆様、一票の持つ意味を単なる玉入れの競争のように感じている政治の世界に、「気合い」を入れてやりませんか?今度の選挙。

毎日の新聞やニュースであまりにむなしさを感じたのと、田中知事のばかげた行動に腹が立って毒を吐いてみました。

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女王の教室#8
[2005/08/21 23:30] ドラマ・テレビ
「これが、本当の私なの。いままでごめんなさい。」
髪を下ろし、パステルカラーの服に身を包み、明るく微笑む真矢にクラス中の子は驚喜する。嬉しそうに真矢を見つめる和美・・・。

しかし、由介に起こされて和美は現実に戻る。実際の真矢はやはり黒ずくめで、夢の中と同じセリフをしゃべるのにも、厳しさがこもっていた。がっかりする和美。

10月になった。真矢は受験に向けてテストを厳しくし、いっそう選別を厳しくすると言う。そんな真矢に「それは間違っているからやめてください」というひかる。同じくひかるに同調する子は手をあげるが、見事に私立受験組と公立組でまっぷたつに別れていた。真矢はひかるに同調した者に、皆一緒に雑用をやるように言う。

放課後、みんなで掃除をする公立組の中、帰ろうとする西川に由介が、「一緒にやってかないか」と声をかけるが、「塾があるから」と帰ろうとする。それを受けて、公立組と受験組がいがみ合いはじめる。あわてて押しとどめる和美。「それこそ真矢の思うつぼ」という和美の声に、一同は収まるが、受験組は掃除を手伝わずに教室を出て行く。

残った公立組は、「真矢追い出し作戦」を相談し、真矢をやめさせるために授業放棄することを決める。しかし、そんな中、何か釈然としない和美。「真矢をやっつけるのって、そういうのと違う気がするんだよね」そう姉の部屋でつぶやく和美に、「大人になったね」という姉。

翌日、ひかるを中心に「先生が辞めるまで、授業に出ません」と宣言する公立組に対して、「勝手にしなさい。受験の人たちにとっては好都合です。ついでに、卒業アルバムや修学旅行、運動会など、クラスでやる行事は全部無しにしましょう。あんなもの時間の無駄ですから。」と真矢は動じない。クラスを出ていく公立組の中、首をかしげて教室を出る和美。

真矢は、受験組にとてもハードな勉強をする。「速すぎてわからない」という声にも、「予習をしていたら当然わかるはず」と言い、つかれてボーっとする生徒に活を入れる。さらに、「本当に、卒業の思い出作りしないのですか」という質問に、「時間の無駄」と取り合わず、さらに「公立組はあなた達のこと、なんて言っているか知ってる?ガリ勉、意気地なし、ブスだからそれしか取り柄がない、などとバカにされて、見返したいとは思わないの?」と闘争心をあおる。

一方、公立組はストに全く動じない真矢の弱みを握ろうと画策し、和美と由介が真矢の跡をつけるが、しっかり見つかってしまう。「あなた達、いいかげん目覚めなさい。ストなんてものは、ただの自己満足にすぎないのよ。声高らかに反対などと叫んで、それで何かやった気分になっているだけ。」と公立組に言った後、「あなた達のこと、私立組の人がなんて言っているか知ってる?」と付け足し「あたまが悪いからひがんでいる」などと公立組をあおる言葉を言う。敗北感にうちひしがれる公立組。

その日、和美は家に帰って発熱し、翌日学校を休む。その朝、校庭で公立組と私立組が何かをきっかけにいがみ合い、衝突する。お互いに真矢の言った言葉を真に受けて相手を攻撃しあい、もみ合う中、由介は必死にそれを止める。しかし、「おまえなんか神田がいないとなんにも出来ない」と言われて思わず由介は西川の顔を殴ってしまう。それを上から見下ろす真矢。

職員室でその件に関して校長・教頭に始末について問われた真矢は、西川の前で「問題のある子は転校させればいい」と言い放ち、「あなたもそれを望んでいるのでしょう?」と西川に問いかける。それに対して返事の出来ない西川は、教室に帰ってシュンと席でうつむいている由介の顔を見る。

一方、馬場は和美を見舞う。みんなの寄せ書きを和美に渡すと、嬉しそうに微笑む和美。由介の書き込みに「あのバカ」と微笑んでつぶやく和美を見て、馬場が暗い表情をする。それに気づいた和美が馬場に問い、その日の事件を聞く。驚いた和美が何とか出来ないかと考え、馬場と協力して何かをはじめる。

翌日、登校した由介は西川に「おはよう」と声をかけ、「昨日はごめん」と伝える。それを機に、受験組から「教室に帰ってきたら?」と声がかかると公立組からは「そっちも真矢の言いなりになるのはやめたら」と提案が。「このままじゃいけないけど、どうしたらいいのかわからないんだ」という西川。そこに和美と馬場が入ってくる。「みんな、これ、卒業制作で作らない?」という和美の手には、馬場が描いた図案が。「やろう」と声があがる中、チャイムが鳴って真矢が来る。

「なぜ教室にいるの?」と問う真矢に対し、「もう、先生から逃げません」とひかるが宣言し、「私たち、これ、作りたいんです」と和美が図案を提出する。「そんなのやりたいの、でも、受験の人はどうなの?」と問う真矢に対して、「やりたい」と立ち上がる公立組にやや遅れ、「ぼくもやりたいです」と立ち上がる西川。それを機に、クラス全員が立ち上がる。「そう、あなた達がやりたいというなら、勝手にしなさい」と真矢。

やがて、教室で、美術室で、和美の家で、受験組も公立組も入り交じってみんなで製作に取り組む。お互いに声を掛け合いながら作り上げたそれを組み合わせた時、そこには大きな「友」という字が浮かび上がり、その中にみんなの笑顔の似顔絵が彫りあがっていた。歓声を上げる子供たち。

それを後ろから見ている真矢に和美が気づく。振り返った子供たちの顔にはもう、真矢へのおびえは消えていた。そんな子供たちに真矢が告げる。「そろそろちゃんと話さないとね。お家の人とこれからのことを。」そういう真矢の後ろに、母親たちがずらりと並ぶ。


昨日も書きましたが、「白真矢」の予告カットは和美の夢オチでした。まあ、展開的にはありふれていましたけど、真矢にそうなって欲しくない思いで一週間ドキドキでしたので、ホッとしたりして・・・。「黒真矢」のままで納得いく最後にして欲しいので。

さて、前回、恵里花の事件を通して「なんでも人のせいにすること」がどんな結末をもたらすか知った子供たち。いくら自分が子供だからって、自分の人生を自分で責任持てないとどんなくらい落とし穴に落ちてしまうのか気づいてから、人に押しつけて自分だけ良ければいい、と言う思いが消え去ったと思われる子供たちでした。だからひかるが「雑用も成績だけで決めないで、みんなで分担してやりたい」という思いがすんなりと子供たちの心に入ったのかと思います。

けれども、「受験間近」で「勉強しなくちゃ」という思いに焦る子供たち、つまり「成績によって選別されること」が「有利」に働く子供たちは、その立場を与えてくれる真矢に対して逆らえないでいました。

真矢がそれぞれの立場にいる子供に投げかけた言葉、つまり「ガリ勉」とか「意気地なし」とか、「出来が悪くてひがんでいる」などの言葉は、実は声に出さないまでもそれぞれの中にひそんで隠れていた思いなのですよね。

人は、心にかすかにでも持っている思いをつかれると動揺します。「困惑」したり、「怒り」を持ったり、「悲しみ」を持ったり。真矢の言葉に振り回されると言うことは、結局自分の持っている醜い思いを引きずり出されて、核心をつかれてそれにしばられてしまったと言うこと。それをはっきりと外に晒さない限りは決して消えるものではないのです。

お互いのせいにして押しつけ合うことの醜さを知った子供たちの中に、お互い思いやることの障害となっていること、それは今回真矢が引きずり出した「受験」や「成績」に対するスタンスの違いでした。朝の校庭でぶつかってそれをすべてぶつけ合った時、お互いの心の間にある垣根もぶちこわされたのだと思います。

「どうしたらいいかわからない」と思っていた西川が、思わず由介にぶつけてしまった言葉のこぶしは、きっと「自分をしっかり持って和美と頑張っている」由介に抱いていたうらやましさだったのではないでしょうか。それを思わずぶつけて受けた、由介の心の痛みのこぶし。きっと、傷の痛み以上に、心が痛んだことだと思います。

「雨降って地固まる」と言いますが、真矢は6年3組の「雨」になっているのでしょう。まあ、真矢の場合は雨と言うよりも嵐みたいなものですけどね。

真矢からの雨嵐を受けた6年3組の地盤は確実に固まってきています。子供たちはその固い地盤にしっかり根を張って、しなやかに激しい風を受け止める強い木々となって成長しはじめています。真矢に対して、目をそらさず、まっすぐ前を向いて向き合えるようになった子供たちの顔は、目の光は、4月から比べると別人のようでした。

一人の人間として立っていられるようになった子供たちに、次はどんな試練が来るのかと思ったら、今度は「親」だったのですね。今の時代に限らず、親子関係は子供にとって時には大きな支えとなり、時には分厚い壁となっています。子供たちの「これから」を考えたら、支え合う友だちがいなくなってそれぞれの路を生きていくことになる「卒業後」を考えたら、親との関係は避けては通れない問題でもありますよね。特に、真矢の言いなりになってしまうような親たちだったらなおさらのことです。

ただ勉強を詰め込むだけでなく、「自分から」考えて行動することを引き出す真矢の手腕にはただただ感心するばかりです。そして、真矢の切り口の鋭さ、驚くばかりです。真矢の口にする言葉の数々に、今の教育・学校・社会に潜んでいる問題の根元があらわにされ続けています。

最近は一回一回子供たちが何かの力を手に入れてきているので、「次はどんな手で地盤を固めていくんだろう」と真矢の「次の一手」を楽しみにするようになっています。

そして真矢の過去・今に対する疑問。2年間の再教育センターでの研修は、真矢にとってどんな意味があったのか。なぜ子供たち一人一人のことをあんなにつかむことが出来るのか、その辺もだんだん見えるようになってくるのでしょう。それも楽しみにしています。

いや、それにしても、和美や由介の役の子達、いい味出していますね。そして真矢の底知れぬものを感じさせてくれる天海さんもすごい。かすかな微笑みや目線だけでの演技はすごく大変だと思うけど、もう天海さん以外の真矢は考えられないです。

後半年、卒業時にはどんなクラスになっているのでしょうか。最終回がこんなに楽しみなドラマって初めてかも。

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退院&女王の教室予告ほか
[2005/08/20 23:54] 生活・自然
【近況報告】

入院していた娘が退院しました。
病名は「マイコプラズマ肺炎」ということでした。

この時期、多いようです。部活で頑張ってた後、夕立で雨を浴びて高い熱が下がらないこと。皆さんもお気をつけください。最初は熱の割に比較的元気だし、血液検査にも引っかからないこともあるようなので、油断しないでくださいね。

一緒にしばらく、病院生活を送りました。夜も咳がひどいので、夜中に何回も起きて背中をさすってやりましたが、金曜日に無事退院できました。

ドラマやマンガやアニメの感想がたまっていますので、少しずつ消化していきます。


【記事予定・女王の教室ほか】

「海猿」や「電車男」は、まだみていません。が、息子の報告だと海猿は来週大変なことが起こるみたいですね。

昨日、今日とやった「ウオーターボーイズ」は見ました。それから、アニメのガラかめも。
そして、ドキドキの女王の教室。

先週の予告編ですごくびっくりの場面がありましたけど、まあ、無難なオチで良かった。だんだん、真矢の意図するところがわかってきましたので、「次はどう出るのか、どんな切り口で来るのか」が逆に楽しみになってきました。

姉に言われたように、「力がついて変わってきた和美」ちゃんとそのまわりの子供たち。目の強い光と共に、生まれ変わってきた和美の表情がいいですね。詳しくは、明日の記事でアップしますので、またのぞきに来てください。

それから、「花とゆめ」の感想もアップします。

では、また明日。
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病院から
[2005/08/17 23:27] 未分類
娘が入院していますので、付き添っています。昨日から病院で病室に寝ています。
夜、何回か激しく咳込み吸入したり、背中をさすったりしてやるために起きるのですが、病院なので安心していられし、だんだん元気が出てきたので、気持ちは楽になってきています。 

ドラマやアニメの感想は、当分できないかもしれないですが、来週には再開しないと思っていますので、よろしくお願いします。

コメントやTBへの返事も滞っていますが、必ずお返しします。しばらくお待ちください。
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女王の教室#7
[2005/08/14 01:32] ドラマ・テレビ
みんなが立ち上がったことを信じて、翌日から夏休み登校をやめた和美と3人の仲間たち。それぞれ、真矢に弱みを突かれたものの、お互いにそれを打ち明けあって、改めて助け合うことを誓い、夏休みを一緒に楽しく過ごす。

しかし、夏休みが終わって9月、学校に来ると4人の机は教室になかった。「なぜ?」と問う4人に、うなだれて誰も返事をしない。授業が始まると、真矢は4人を無視する。

その実情を校長、教頭に告げる4人だが、財布を盗んだことがばれるのが怖くて、他の子供たちの情報を真矢に漏らす恵里花のためにその事も事前に真矢に知られてしまう。

ある朝、和美が登校すると恵里花と真矢が歩いている姿を見る。跡をつけて様子を見た和美は、恵里花が真矢の悪口を言う友達のことを告げ口している様子をのぞき見てしまう。和美のあとから続々と登校してきたクラスの生徒たちにも、このことが知れ、財布を盗んだのは実は恵里花であったこともばれる。

告げ口が終わって教室に帰るとクラスメートから一斉に攻撃を受ける恵里花。授業がはじまり、みんな教室移動して残った恵里花は、和美に「あんたのせいだから」とひどい言葉をぶつけて学校を飛び出す。

そこまで言われても恵里花を心配する和美にその理由を聞くひかる。和美は自分が恵里香に優しくしてもらった過去の話をし、夜になっても家に帰らない恵里香を捜す。その和美に協力する3人の仲間。やがて、学校の教室に明かりがついているのを見て教室に飛び込むと、そこには教室中に液体(灯油?)をまき散らし、教室をぐちゃぐちゃにした恵里花がいた。

ライターを持って、「来たら火をつける」と息巻く恵里花。そこへひかると馬場に呼ばれて恵里香を捜していたクラスメートも集まってくる。しかし、「こんな教室なくなってしまえばいいんだ」「あんたたちだって、みんな真矢の言いなりになってたじゃない」と叫ぶ恵里花の前にみんな動けないでいると、真矢がやってくる。

恵里花に近づき、カッターで斬りつける恵里香に対してカッターを手でつかみ、ひるんだ恵里花から取り上げる真矢。「あんたのせいだ、あんたがスパイになれって言ったから」と真矢にくってかかる恵里花。そんな恵里花に真矢は言う。「だけどあなたは断らなかった」と。

「財布のことを謝ろうとすれば良かったのに、それも出来ずに私の言いなりになったのはあなたじゃない。いいかげん目覚めなさい。あなたは何かあると、誰かのせいにして、自分で自分も守れず、人権とか言って人に守ってもらっているだけじゃない。」泣き崩れる恵里花。

翌朝、学校に行き渋っている恵里花だが、窓の外から和美の「おはよう!」の声が。二人で歩きながら、「本当にごめん」と心から謝る恵里花。仲直りする二人を由介が、ひかるが、馬場が取り囲む。そしてやがてはその輪がクラス全員に大きく広がる。

笑顔で登校してくるクラスの生徒たちを校舎の上から穏やかに見下ろしている真矢。カッターで傷ついたその手には、白い包帯が巻かれていた。


前回のラストでみんな立ち上がったものの、「人間は弱いもの」と見抜いた真矢によってやはり他の子供は夏休み登校を続けていました。しかし、和美・ひかる・由介・馬場の4人はお互いに信頼しあって何でも話せる関係になっていたので、個人面談で突かれた弱みもそれぞれに口にして、お互いに笑い飛ばすことが出来るようになっていました。

机がなくなっても、無視されても、4人で何とかしようと頑張れる。暖かいエネルギーがそこにはありました。

真矢はクラスのもろさをちゃんと知っていて、一番弱いところを突いてきました。恵里花です。財布の件ですっかり和美に罪をなすりつけ、自分の身を守るためにウソをつき、虚勢を張る恵里花は多かれ少なかれ「事なかれ主義」で真矢に服従するクラスの象徴みたいなものでした。

けれども、和美だけは恵里花の良さを知っていました。恵里花からもらった「おはよう」の嬉しさを忘れないでいました。だから今まで、あんなひどいことをされても恵里花を訴えたり恨んだりしなかったのですね。真矢が、あのタイミングで財布のことを持ち出したのも、和美やクラスのみんながのぞいているからだと知っていたのでしょう。特に、恵里花と一緒に行く時にちらっと和美の方を見たのは「ついてきなさい」と言いたげだったようですし。

みんなに無視されても「自分」をしっかり持って耐えた和美に対して恵里花は「逆恨み」の行動に出ました。そんな恵里花を、クラスメイトたちの前で叱咤する真矢。その言葉は、恵里花だけでなく、クラスみんなに投げかけていたように思います。

9月になって、今までの仕打ちがだんだん何のためか明らかになってきた今、やっとクラスがまとまりはじめています。「私に従い、強いものに服従し、自分を持たないことがどんな結果を生むのか見てご覧なさい」と真矢は次第にその本意を見せ始めています。さて、このあとの展開はどうなるのでしょうか。

まずはだんだん明らかになってきた真矢の過去。2年間の空白は「指導センター」に行っていたからだということ。そして恵里香にカッターで斬りつけられた時に見えた胸の大きな傷あと。この謎は次第に明らかになるのでしょう。

そして、面白かったのは由介のセリフ。「こんな時に、真矢がいてくれたらなぁ」「あいつ、俺たちが困っている時には必ずどっかから出てくるじゃない」という真矢の行動の謎とある意味自分たちを支えていた真矢の存在への認識が出てきています。この辺も、今後につながっていくのでしょうか。

しかし、由介、格好良くなりましたよねぇ。恵里花に裏切られたと「もう友だちじゃない」って言う恵里花の仲良しの二人に、「困った時に悩みを聞いてやるのが友だちじゃないのか」と投げかける姿や、前回、和美が怪我をした時に、「おまえたち、いい加減に目覚めろよ」とクラスのみんなに訴える姿は前みたいにただちゃらんぽらんに人の興味をひこうとするだけの寂しがり屋ではなくなりましたね。

それから和美。自分の友だちに対してひどい言葉を投げつけた母親に対してしっかり自分の思いを告げることが出来るようになりました。ただその場を取り繕うのではなく、本当に大事なことを、自分の意見をきっちりと親にも告げることが出来る。やはり前のように不安定なところはなくなり、地に足がついた感じになりました。

ひかるにしろ、馬場ちゃんにしろ、何かを背負って何かに追われているようなくらい顔がなくなってきました。4人はきっとずっといい友だちでいるんでしょうね。

恵里花は、何であんなになっちゃったのか、朝起こしに来る母親の言葉で何かわかった気がします。「何でも買ってあげるから。学校に行きたくなかったら塾に行けばいいから」…でも、恵里花の本当に欲しいものはそんなものじゃなかったんですよね。友だちが笑顔でくれる「おはよう」…それが一番なんですよね。それがわかって本当に大事なものを見つけることの出来た恵里花が言った「ごめんね」は、本当に心のこもったものだと思いました。

さて、今回で今まで私が感じてきたものと真矢の指導の方向が同じかなって言うことを真矢の言葉から感じましたが…なので、今回はすごく納得のいく良い感じを持ったんですが…次回の予告編を見てすっごーーーーくいやな感じが。

真矢が「これが本当の私」というセリフと共に、明るい笑顔で教壇に立っているシーンが…思わず、ビデオを戻して見直してしまいました。このドラマで、絶対にやって欲しくないのが、「真矢のいい人」化なんですが…なんか予告を見ていると、それをやりそうで…ドキドキしています。真矢には、ずっと黒ずくめで口を開けて笑うこと無しにあの「女王」のままで卒業式に子供を送り出してほしいと思うのですが。そうじゃないと今までの説得力が一気になくなっちゃうじゃないですか…。それだけは勘弁してください。

あと4回、ぜひとも緊張感を持って現在の子供を取り巻く実情を斬りまくって欲しいです。


追記:前回も書きましたが、「ありえない~」ってことがまたいくつか出てきています。教育現場を知るものとしては、まあ、ドラマだからってことで目をつぶっていますけど、夜の学校に入り込んで電気をつけて荒らし回るなんて絶対に無理ですし、あれだけの騒ぎを起こしたら翌日当然「おはよう」じゃすまないですよ。親は何にも知らないみたいだし。先生に怪我をさせたのは確かだし。あと、「再教育センター」の存在、気になりますねぇ。

追記2:和美の部屋で反省文を書く4人だけど、由介の「う○こ」は相変わらずとして、馬場ちゃんの「風太くん」には笑っちゃいました。

追記3:天童先生の、「給料の割にやることが多くて…」というセリフには、思わずうなずいてしまいました。はい。「よくぞ言ってくださいました」という感じです。
ただ、それでも教師というのはやりがいのある仕事だと思っていますから私は続けているんですけどね。お金のためだけにやるんだとしたら、とっくにやめていますです。仕事の持ち帰りは当たり前だし、残業手当は出ないけど残業・勤務時間超過は当然だし、夏にクーラーも入ってないし、本来の仕事以外の雑用が多すぎるし、お金がないからってバイトは出来ないし、四方八方、「先生なんだから」って思っている人ばかりだし。
でも、私も、私のまわりの先生達も、みんな手抜きしないで一生懸命に子供のこと考えてる人たちですよ。自分のことよりもね。


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娘入院…受難つづき
[2005/08/13 22:43] 生活・自然
最近、またもや記事が滞っています。

と言うのも、先週の土曜日の夜に突然発熱した娘が、病院に通って治療するも治らず、ずっと熱出して下がらないままだったからです。夜も何回か40度代にまで熱が上がり、ほぼ毎日徹夜に近い状態での看病でした。

そして今日、ついに入院になりました。症状は高熱が続くこと、咳が出ることだけなんですが、最初は熱が高くても元気で動き回りたがって困ったくらいだったのに、だんだん元気もなくなってきて、食欲も落ちてきているのでかなり心配です。

原因がわかればいいのですけど。そして早く元気になって欲しいのですけれど。

そんな感じで我が家で今のところ「病気」でないのはダンナだけになってしまいました。当然、ダンナには一気に負担が行き、ぐったりする毎日。私も体調が悪いからとずっと寝ているわけにも行かず、頑張って動いては無理して寝込むことの繰り返しです。息子はと言えば、相変わらずの無気力状態から脱することが出来ず、娘から離れられない毎日なので息子のことまで手が回りませんので放っておかれています。

そんなこんなで、実家の両親の介護は弟任せになってしまっています。

夏休みを楽しみにしていた娘は本当にかわいそうだし、家族4人で行く海水浴を楽しみにしていた息子も、おじゃんになってしまってかわいそうです。

でも、「何でうちだけがこんなひどい目に?」とは考えないでいます。小さい時からほとんど「病気知らず」だった娘は、心の病で動けなくて苦しんでいる私や兄である息子のことがわからずに、私や兄に対して悪気がなくても傷つく言葉を投げかけることがありました。「動くことさえ辛くてぐったりしてしまう」ことがどんなに苦しいことなのか、きっとわかっただろうと思います。

今まで、元気が出なくて人に寄り添って、人からしてもらうことを待っていた息子は、この状況のなかで一人でいることを余儀なくされています。彼は、今までそばで守っていてくれた人の存在を改めて感じ、一緒にいてくれることの温かさを感じることができるでしょう。

お互いの立場に立ってお互いを思いやることの大切さを今、試され、求められているのだと思います。「何で家だけ」って泣き言を言う前に、出来ること、やれることを精一杯やって出来ないことは補い合って、みんなで乗り越えられる家族になりたいと、そのチャンスなんだと思って頑張りたいと思っています。



と言うわけで、ブログの記事はしばらく不定期になります。まだ下書き途中の「いま、会いにゆきます」。それから、「ガラスの仮面」とか、「電車男」「ドラゴン桜」などのレビュー・感想は時間を見て書きますので、よろしくお願いしますね。「女王の教室」は、アップできますのでもし目にとまったら読んでください。
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花とゆめ17号
[2005/08/08 23:59] マンガ・アニメ
花とゆめ17号GET

簡単に感想を。(気になったとこだけね。)

★フェロモマニアシンドローム★

初めの頃は、鼻血の大出血がすっごく多くて、ギャグもちょっとヤバめのものが多かったんだけど、最近はだんだん落ち着いた感じになってきたなぁ。
特に、今回の出産のシーン。生まれてくる赤ちゃんに対する愛情にあふれた描き方してて好感度大。出産に立ち会ったほとりが涙するシーンもいい。
蛇足だけど、VBRの「出来ちゃった結婚」&「何となく生まれちゃった出産」のあまりにもお気軽な表現がいやだったので、なおさら今回はちゃんと描かれていて感動した。

★スキップ・ビート★

蓮の演技テストが始まるんだけど、キョーコと「ダークムーンごっこ」の時にやった演技そのままなので意外性はなかったなぁ。一番はじめのページの蓮には思わず「これ、ギャグ?」って思ってしまうくらいあのあごの削れ具合にギョッとしたんだけど、途中の演技の時に見せる表情がぐっときた。
このマンガ、大好きなんだよね。だからこそあえて言うと、最近ちょっとテンポが落ちてる感じ。もうちょっと、さらっと行って欲しい場面がいっぱいだし、大ゴマが多いのも気になる。連載開始時の、はち切れるようなエネルギーが感じられなくて、作者の仲村さんの体調でも悪いんだろうかと気になってしまう。
でもでも、やっぱり好きなんですよ、だから、早く話の先を読みたいのですよ。それ故に、なおさら展開の遅さが気になるんですね。もう一つ、登場人物が、「ドラマの撮影」と言うことで制限されちゃっているので、同じトーンで進行しているので変化に乏しい感じ。松とかのかき回すキャラがいないからなぁ。
期待が大きいゆえに、今回はちょっと寂しかった。でも夜の帝王にはぞくぞくしました。あと、美月役の逸見ちゃんがかわいい&根性あっていいな。「にゃぁぁぁぁ!」のとこでは大笑いでした。

★しゃにむにGO★

人の心のひだを描くのが上手だよね、羅川さん。だから、キャラクターがみんな生きている感じ。1年生部員が入ってから、その子達のあこがれを描くことで良い感じにまとまっているなぁ。いやいや、しかし、どこぞのテニスマンガとどうしても比べてしまうのだが、主人公が延々と出てこなくてキャラ萌のためのようなめちゃくちゃな試合が延々と続いているのに比べて、たった一コマで相手校をやっつけてしまう爽快さがたまりませんわ~。

★シュガープリンセス★

たったの12ページ・・・。書き込みほとんど無し。
あんたはそれでプロなんですか????
いいかげんにしろ~~~~~~!怒

★幸福喫茶★

閏とその母親・・・。どっちもどっちの「バカ」さ加減にげんなり。小さい頃から家事を「やらされる」のは、子供としては当たり前のお手伝いだと思いますが。それでいて、いまだに喫茶店のアルバイトさえ満足に出来なくて・・・自分はそれで良いのかよ。
まわりにフォローしてもらっておいて、「自立」を主張するのは甘えるのもいい加減にせいよと。(^_^;) 相変わらずの「銀魂」萌え全開の画面からは漫画家としての主張が全然感じられず。

★ゴールデンデイズ★

うーん、なかなか話に入れなかったんだけど、そろそろこの世界観が見えてきたかなぁ。何か、歴史の勉強が出来そうですね。(^_^;) この作者、好きなので頑張って欲しい。

★付録別冊マンガ★

うぎゃ~~~~~~、なにこれ?
エロだけマンガじゃありませんか。花ゆめには「エロ」はいらないよ!おまけにつまんない。「やおい」もいいところ。即、廃棄処分!
古都のマンガは、絵はいいんだけどねぇ。丁寧に書いてあるし、女の子はかわいいのに、お話や雰囲気から「エロ抜き」出来ないのかなあ。本誌じゃない方で描いている読み切りマンガはエロさ無しの純愛ものだったよね。そっちはすごく優しくていい話だと思ってるんだけど、ああいう話が描けるのに、本誌に来る時はなぜにエロ全開???
編集さん、もっとうまく育ててくださいよ。花ゆめを小コミのようなエロ雑誌にしないでね。
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5日にゲットした漫画
[2005/08/07 23:00] マンガ・アニメ
今月5日は3冊の漫画をGETした。

まずは、「花とゆめ」17号。
それから「ビックコミックオリジナル」
そして単行本、Dr.コトーの第7巻。

最近は、いまだにベッドを離れられない体調のままで、テレビも1時間見るともうぐったりしてしまう状態。なのでベッドで気楽に読める本や新聞、それからノートパソコンが私の貴重な情報源なのだ。

本を買いに行くにも、だんなに車に乗せてもらって行かねばならない。でも、そうやって少しずつ外に出ることにも慣れなければ、と、本を買いに行く時は外出することにしている。

とりあえず、久しぶりにDr.コトーを読むことが出来て嬉しい。衝撃の16巻最後の第1部終了から、かなり待った気がする。第2部もかなりショッキングなはじまりだけど、これからどうなっていくのかなぁ。続きが楽しみ・・・だけど、悲しいのはやだなぁ。

「花とゆめ」の感想は、時間のある時にまた書きます。

今月は、31日に「エマ」の6巻が出るのです。それもすっごく楽しみです。

娘が熱を出して寝込んでいるので、今、自分の療養と娘のことと、息子の体調を整えることで必死です。時間が余り無いので今日はこれにて。

コメントへの返信がかなりたまっています。ただ、今は毎日ブログを書くことが精一杯なので、遅くなってほんとに申し訳ありませんがお許しを。m(__)m
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女王の教室#6
[2005/08/06 22:34] ドラマ・テレビ
「夏休みがない」ことに対しても、「罰」と「ごほうび」をちらつかせ、教室の子供たちに納得させ「来ます!」と宣言させる真矢。親たちに対しても、「無料の塾」という言葉でかえって喜ばせ、夏休みの「自主」登校が始まる。

「やめようぜ」という由介に対して和美はしかし、「ピンチはチャンスかも」と前向きに考え、かえって「友達を作ろう」と張り切る。そんな和美に声をかけられても、「どうせ無駄よ」と冷たく突き放すひかる、「何かたくらんでいるんでしょ」と疑う馬場。

しかし、和美は「ご褒美」目当てではなく、「自分の目標」・・・友達作り、思い出作りのために毎日登校する。ご褒美の目安の「シール」は受け取らず、そのため相変わらず6班は掃除と雑用に明け暮れる。いらだつ馬場と淡々としたひかる。和美はそんな二人に「班で一緒に休みに遊びに行こう」と誘う。

当日、由介と駅で待つ和美だが、二人は1時間待っても来ない。和美は由介と、ひかるの家に向かう。そこで外出しているひかるを待つ間、母親と話をして待つが、かえってきたひかると母親の会話に違和感を覚える和美。ひかるの部屋で「親友だから」という和美の言葉を聞いたひかるは、ある写真を和美の手から取り上げ、「あなたなんか親友じゃない」と言って和美と由介を追い出す。そこに現れる真矢。「他人の心に土足で踏み込んだ」と言われて思い詰める和美。・・・そんな様子を、実は駅からずっと二人の後に付いてきていた馬場が見ていた。

姉の言葉にヒントを得て、「近づいてくれないなら自分から近づこう」と思った和美は、徹夜でクラス全員に手紙を書く。朝早く登校し、一人一人の机にそれを入れていく和美の笑顔を由介も嬉しそうに見ていたところへ、ひかるが登校する。手紙を渡す和美の手をはねつけるひかるに、何とか由介が渡そうとしていると今度は馬場が来る。馬場は、「早く掃除しなくちゃ、また怒られるでしょ」とやはり手紙を受け取らない。仕方なく手紙を机に入れて、和美と由介が掃除をはじめようとするが、ひかるは一人本を読んでいる。そんなひかるにも「掃除してください」と注意する馬場に、真矢のいいなりになって点数稼ぎをする馬場を強く非難する。教室を飛び出す馬場。

そんな二人を見て、和美は馬場のイラスト帳をひかるに見せ「馬場ちゃんにとって、ひかるちゃんはあこがれだったんだよ」と伝える。「友だちなんかいらない」と本と和美の書いた手紙を持ってひかるも教室を飛び出す。そこに来た真矢に、和美は、「ひかるちゃんのことが知りたい」と訴えると、真矢はひかるの友達を作らない、本ばかり読んでいる本当の理由を話す。ひかるの本当の気持ちを知った和美は、屋上にいるひかるに、「私はいなくなったりしないから」と伝え、教室に戻る。それも一部始終物陰から見ている馬場。

思いの伝わらないもどかしさを持って教室に戻った和美の目に映ったのは、手紙を読むクラスメートの姿。しかし、一人が「なにー、これ」とバカにし始めると、みんな一斉にあざけりはじめ、ついにはびりびりに破いて捨てる。陰で涙する和美。これを見た由介は教室に飛び込んで「やめろよ!」とつかみかかる。教室は騒然となり、これを止めようとした和美が押されてガラス戸を突き破り、廊下に飛び出してしまう。和美の足からしたたり落ちる血。散らばるガラスの破片。それを見たひかるはその場にへたり込んでしまう。

「神田さん!」その場に来た真矢が止血をし、抱き上げて保健室へ連れて行く。それを見た馬場は、教室にもどって和美の手紙を開く。自分の誕生日祝いをしようね、と書いてくれた和美の手紙と共に、自分と和美が仲良く寄り添うパラパラ漫画が入っていた。自分と「友だちだよ」と言ってくれた和美のことを思い出し、涙する馬場。

一方、しっかり治療を終えて「これでもクラスに戻るの?」という真矢に、「戻ります」という和美が教室に戻ると無言のクラス。あとから来た真矢が「代表委員、ガラスを片づけなさい」と言われるままに、由介と、足を引きずった和美が片付けをはじめようとすると、「私も手伝います」とひかるが立ち上がる。あとから、馬場が、「私もやります。私、友だちから手紙なんてもらったの、初めてだった。嬉しかった」と立ち上がる。

この言葉を皮切りに、「ぼくも」「わたしも」と、立ち上がる子供たち。かすかに微笑み、一呼吸おいて「個人面談をする必要がありそうね・・・そう、まずは・・・」と真矢の指名したのは、恵里花だった。



うん・・・このドラマの投げかけているものがだんだんはっきりしてきた気がします。

1つ前の「ドラゴン桜#5」の感想の続きにもなりますけど、どちらも「学歴社会」と、それに伴う「競争」とか「利己主義」とかの抱える有効性と問題点、そんな物を描き出しているように思います。「薬」と「毒」との配分や、使い分けを誤ると、こんな事態に陥るんだ、と言うことを・・・今、実際におこっている「薬は万能」「毒は排除」という決めつけた考え方と、それによって出てくる副作用・・・それをドラマのなかではっきりと描いて見せているのだと思います。

ただ、女王の教室がなぜこんなに賛否両論に分かれているかと言えば、人々が今まで、「薬だよ」と言い張って与えてきたものからこんなに副作用が出てきているという「現実」をスクラップして凝縮して見せていること、本来は、「薬」を与えて「治療」するはずの立場の人間が、「薬の乱用」をして見せている(ふりをしている?)こと、「毒」を徹底的に認めず排除していること・・・つまり、「薬」と「毒」をはっきりと区別して極端に描いているからだと思うのです。

人は、医者の医療ミスを許さないように、警察や法律の番人の法規違反を許さないように、人を教える立場の「教師」に対しても非常に「完璧さ」を求めます。当然、「薬」と書いてあるものは、「体にいいはずのものであるべき」であり、「毒」と書いてあれば「決して口にしたりさわったりしてはならないもの」と信じて疑わず、予想した効果が出ない時は、激しくそれを責め立てます。

確かに、「表記に偽りあり」となったら責められるのは当然かもしれませんが、では、その薬なり、毒なりを使う立場にあるものには何の責任もないのでしょうか。たとえば、薬を飲み過ぎたり、飲む時間や配分を間違えたりしていないでしょうか。自分勝手にいろいろな効果を考えて薬を重複して飲んだり、逆にもういいからと勝手にやめたりしていないでしょうか。毒を毒としてずっと認めないでいたら、その「効能」まで見落としていたのではないでしょうか。「毒をもって毒を制す」という格言が生まれてきたのはなぜでしょうか。多量に浴びると大いなる毒であるX線、放射能も微量だったら病症を見つけ、癌を治療することだって出来るのです。

要するに、「使い方次第」、「使う人の問題」なんですよね。

これ以上このことを話すと、もっといろいろ言いたいことがあるので長くなるからやめますけど、「ドラゴン桜」の桜木は、この「毒と薬の使い分け」を知り尽くしていて、その「うまい使い方」を教えてくれているから爽快で好感を持てるのだと思います。

では、真矢はどうでしょうか。真矢は、明らかに「薬の使いすぎ」です。それによって、目に見える「副作用」が出てきていたのが前回まででした。副作用とは、つまり、「成績至上主義のエゴイストびいき」とか、「自分だけが利益を得られれば事も無し」という利己主義とか、「自分には関係ないからしらんふり」したり、「自分がよく見てもらうために人を悪者にする」という自己中心的考えとか、「なんだか知らないけどむかつく気分の処理が出来ない」人間がその対象を自分よりも弱い立場にあるものに向けるいじめの構造とか。

そして、もう一つ、その副作用に対して、真矢はこれまでこれといった手だてをとっているようには見えず、さらに薬を与え続けているように思えるから・・・つまり、本来は「薬」であるべきものが実は「毒」になっているから・・・「これは毒だ!」と叫ぶ人々が出てきているのだと思います。

さて、では、人がその病気を治す時に、有効なものは何でしょうか。「薬」でしょうか、「毒」でしょうか。私は、それだけではないと思うのです。つまり、人間の体には生まれつきもっているもっと大きな力、「免疫」「抗体」「再生力」が備わっています。かすり傷くらいだったら、きれいに洗って放っておけば自然に治ります。折れた骨も、正しい位置に戻して固定してあげれば自然に治ります。しかも、さらに強くなって。初期の風邪は、「暖かくして栄養をとり、安静にする」事によって、薬が無くても治ります。この治癒力を高めるのは何かと言えば、「心」ではないでしょうか。

「睡眠」「リズムのある生活」「生き甲斐のある生活」「適度な緊張と休養」「笑顔」これらのものがもたらす力は、薬以上のものです。それが得られなくなった時に初めて、薬が手助けをする・・・、つまり、薬も毒も、それがすべてではなく、あくまでも「生きるための補助」でしかないのです。

真矢は、今まで何もやってこなかったのでしょうか。ただ薬をばらまいていただけだったのでしょうか。そうではなく、「和美」という「強い抗体」を育てていたんだと思います。その一方で、真矢という「薬をまき散らす毒」の存在は、それぞれの子供の心の奥にある「膿」を浮き上がらせてきています。その「膿」を自覚し、自らそれを廃しようとしない限り、自分の傷を治そうとしない限りはどんな名医でも治せないのではないでしょうか。まず「和美」という抗体が強く育っていったから、それをもとに「由介」が自らの傷を治そうという気になり、その力はさらに今回「ひかる」や「馬場」にも伝わったのだと思います。

何より強いのは、この「和美」と言う抗体は、「自分で考えて試行錯誤して行動し、自分の手で道をつかんだ」事です。今回のドラマで、クラスの父母とのトラブルに真矢に救いを求める天童先生に対して、「教師だったら自分で考えたらどうですか」と突き放す真矢の言葉にもあります。真矢には、真矢のやり方がある。それを天童先生が真似したからって決してうまくいくものではないのです。自分なりに考えて、自分の出来ることを精一杯やっていくことで伝わる気持ちがあり、変わっていくものがあることを真矢は言っているのだと思います。

真矢は、すごいです。知識は豊富、観察力は鋭く、運動も、非常時の対応も完璧。次から次へと状況に応じて対応できる幅の広さ。非のうちどころもありません。それはきっと、かなりの様々な経験から、自分なりに考えて身につけてきた自分の財産なのだと思います。そこまで真矢を強くしたのは何かと言ったら・・・教師としての自分を、教師にふさわしいもの、つまり子供を育てるプロとしての「目印」になろうとする情熱なのではないかと思います。それがあるから真矢は「女王」であり、「生徒を育てる」事が出来るのでは。

さて、次回は真矢が恵里花にスパイをさせようとします。恵里花が「財布をとって、和美になすりつけた」という弱さをもっていることを鋭くえぐります。見せかけだけの弱いつながりだった恵里花の和美に対する思いが、どう変わっていくのでしょうか。

それにしても、「抗体」としての和美はまだまだ受難の日々かもしれません。でも、3人、完全に支え合う強い仲間が出来たのだから、今までよりはもっとパワーアップできるでしょう。だんだん真矢にまっすぐ向かえるようになった和美の目の強い光が、クラスメートたちにも少しずつ宿っていくように応援します。そしてきっと、自らを「毒」に仕立てて冷たくて黒い服に隠した真矢の愛情は、戦う和美を陰ながら支えていくのだと思います。

多分、卒業して皆が巣立つその日までずっとそのかすかな微笑のままで・・・。

追記:これこそが、真矢の1年がかりの「生きる力をつけるため」の壮大な「総合学習」だと、この頃思ったりもします。
追記2:ただし、学校現場を知っているものとしては、「えーあれはないよなー」ってことはいっぱい出てきます。(卒業証書、怪我への対応、等々・・・)まあ、そのへんはどの学校ドラマにもある「演出」として気にしないことにしています。



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ドラゴン桜#5
[2005/08/05 22:56] ドラマ・テレビ
第4話、まだ見ていないのにHDDから消されていました。(T_T)

しょうがないから第5話の話。

今回のターゲットは一郎。
東大を目指し一致団結した特進クラスは、夏休みを直前に控え猛勉強の日々が続いている。

桜木(阿部寛)はさらなる指導向上のため、数学の柳鉄之介(品川徹)に続き、理科の阿院修太郎(小林すすむ)と国語の芥山龍三郎(寺田農)を特別講師として招く。ところが、元からいた龍山高校の教師陣は、桜木の受験方針に激しく反発。かねてからの公言通り、リストラ寸前の教師陣に教職員再雇用試験を実施する桜木。

そんな中、特進クラスの生徒・英喜(小池徹平)が、傷害事件を起こし警察に連行される。龍山高校の生徒である一郎(中尾明慶)と、進学校に通う弟・次郎(水谷百輔)との兄弟喧嘩に巻き込まれたらしいのだ。一郎は次郎をかばって自分で怪我をしたと言い張り、殴った次郎はその場に居合わせた英喜のせいにする。警察は、「優秀」な英喜の言い分しか聞かず、英喜が犯人と決めつける。

桜木は、そんな英喜に「詫び状を書け」という。それは、英喜を犯人だと思ったわけではなく、5分ですむことなら何も意地を張ってプライドを守り2日間拘束されるよりもその分勉強して東大に入ってバカにした奴らを見返せということからだった。その言葉に納得した英喜は、自ら詫び状を書くが、他の特進の生徒は、英喜を守ってくれなかった桜木に失望し、授業をキャンセルする。

一郎は、自分が出来が悪い分、次郎に協力して次郎を守ることが兄の務めだと考えていた。そんな一郎をつれて桜木は次郎の学校に行く。自分の怪我をあくまでも自分のせいだと言い張り次郎をかばい続ける一郎をみて、次郎は「うざったいんだ、みっともない」と罵りの言葉を投げつける。兄として、次郎のために自分の思いを抑えてきた一郎は、家族や次郎の思いが自分の思いやりとは別のところにあることに次第に怒りを覚え、「頑張れば出来るんだ」という桜木の言葉に、「ぼくだってやってみせる。特進クラスに入れてください」と宣言する。

そんなやりとりを校門でずっと聞いていた勇介は、教室に戻り、英喜のえん罪もはれる。そして、英喜が犯人ではなかったことから賭に負けた龍山高校の教師たちも、桜木の「歯車」になることになる。



「進学校だから」というレッテルは、世の中に確かに存在しますよね。そして「勉強が出来ない」=「不真面目・不良」という公式も確かに存在します。学歴社会の作り出したそういう虚像が実は、この世を支配していることも確かです。

高学歴の政治家たちは、「専業主婦はなまけもの」なんてとんでもない発言を平然としますし、効率優先で頭の中に描いた理想像のみを追いかけることによって家庭も、会社も、社会も、政治も、みんなめちゃくちゃになってきています。「いい大学に入って偉い政治家になったんだから」と、税制や年金など、自分たちの痛みはなしに、「下々の何の取り柄もない一般人」から何とかうまく搾取しようとしています。郵政民営化なんか、結局中身はどうでも良くて、それによって「総選挙」になるかならないかだけの話し合いと折衝に混乱しています。「自分のこと」しか考えない。それは、何も高学歴の人間や政治家だけがいけないのではなくて、それを認める世の中も、レッテルや公式を確立している風潮にも問題があります。

「次郎」は政治家や高学歴・高収入などで「人よりも優れている」と誤解している人々。「次郎が悪くない、そんなことするはずない、次郎は大切」と学歴ゆえに甘く接する人たちは、長いものには巻かれる、よらば大樹の陰的な権力にすがって自分に都合良い風に世の中が流れて欲しいレッテルやブランドにあこがれ、あがめる人々。「一郎」は、そんな風潮にあきらめて自分を捨てた人間。または、本当に純真に、真っ白で人を疑わない人間。踏みつけられる痛みに耐えるしかない人間。

そんな社会の縮図をここに描き出しているんですよね。

「東大」というレッテルは今、とても大きな重い意味を持っています。それと同様に、「弁護士」とか「医者」とか、「政治家」などの高学歴職業も大きなレッテルです。そのレッテルを「踏みつけられた痛み」を知る人が得たら、どんなに大きな力になるでしょうか。「レッテルに振り回され、傷つけられた人たち」が持ったら、どんなに幅広い人間になるでしょうか。その強さを得たのが「桜木」であって、自分の今までがあったから「東大」というレッテルにこだわっている。自分の保身のためとはいえ、痛みも重みも知っているから、そういう人間の気持ちもわかるし、彼の行動に納得し、ついていく人間がいるのでしょう。

もう一つ桜木が強いのは、「東大」という、また諸々の「権力」というレッテルが大きく重いものでありながらも実は薄っぺらいものであるということも知っているから。

ほんのちょっとの要領とコツさえあれば、「届かないものではない」と知っているのです。

勉強(この場合の勉強とは、紙の上での勉強という狭義でのものですが)は、要領。コツと楽しささえわかれば、「ゲームをクリアーする」のと同じ快感が得られます。ただ、このコツや要領を教えてくれる人は少ないんですね。勉強が「楽しい」って教えてくれる人がほんとに少ないんです。それは、「紙の上の勉強」だけを推奨してきたから、「楽しさ」や「コツ」を得るヒントになる生活経験があまりに乏しいのです。・・・先生達にも、生徒にも。

桜木はなぜ頑張って「暴走族」から「弁護士」になれたのか。「頑張った」のはもちろんでしょうが、その頑張りの中には、「暴走族としての生活の知恵」とか、「バカにされた悔しさ」とか、「認めてもらえない悲しさ」が、エネルギーになっていたに違いありません。

そういう意味では、龍山高校の生徒には「エネルギー」があります。「特進」クラスは、そのエネルギーの向けどころを定めてやる場所なのだと思います。

「勉強するには、遊んじゃダメ」とか「漫画なんか邪魔」とか、「テレビやゲームは毒」とかいう言葉は良く耳にします。でも、そんな「毒」も、使いようによっては「薬」になるんですよね。今の世の中、「薬漬け」の勉強が推奨されていますが、「薬」も使いすぎると「毒」に変わります。それよりも、「毒」を知り尽くして「薬」に変え、「薬」は効果的に使った方がずっといい。それがこの「ドラゴン桜」における「学び方」のスタンスなんだろうと思います。

・・・もう一つくわえるならば、土曜日の「女王の教室」は、別の視点からこのスタンスを訴えているように思います。「薬」の効能を並べ立て、見せびらかし押しつけていくなかで、それに頼ることは怖いことであり、本当に効く「薬」を自分で見つけなさい、見分ける力をつけなさい・・・といったところでしょうかね。

今期ドラマの同じ学校ものとして、この二つは対極にあるようですけど、言っていることは同じ。表現方法が違うだけなんだと思っています。「女王の教室」の方は、次の記事にて詳しく書きますけど、どちらの教育への提言も、私にはとても納得できるものだと思って楽しんで見て「学んで」います。

第3話 感想  第2話 感想  第1話 感想

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ガラスの仮面#17,18
[2005/08/04 22:57] マンガ・アニメ
こちらも先週書けなかったので、2話まとめて書きます。

【第17話「嵐が丘」】

前回、嵐が丘のキャサリン役を得たマヤの舞台。そして、桜小路の葛藤。「舞台荒らし」という印象が強くなったマヤへの新しい試練である「石の微笑」のキャスティングの発表。

コミックス7巻後半から8巻前半まで一気に進みました。怒濤の進行です。そのため、原作で話題になったシーンがいくつかカットになっているのが残念でした。

たとえば、桜小路くんの「ぼくはヒースクリフじゃなーーーーい!」とか。
マヤの「こんにちは、あ・た・し」(にこっ)とか。
そして肝心の会長の緊急会議での「舞台が荒らされる」発言。

まあ、マヤのセリフの方はカットして正解でしたけどね。でも、あれだけの舞台、もうちょっと見せて欲しかったです。マヤが「荒らしている」という感じを出すのに、もっと大人キャサリン役の女優さんがマヤの演技に驚愕する様子とか、観客のざわつきとか。そしてマヤ自身の演技が小振りだったし。スカートを破くところはもっとダイナミックに行って欲しかったし、テンポが一律なので、もっとスローモーションとか激しいところとか緩急が欲しかった気がします。そして、ヒースクリフ役の真島くんがその激しさのあまりに「マヤの演じるキャサリン」に本当に魅かれていく描写も・・・。

あんまり「荒らされている」感じがしないので、「失敗だ」と言ってポスターを破くほどのことないじゃん・・・って感じでした。それに、いたたまれなくなって桜小路くんが席を立つのも「お芝居以上のもの」を感じたからなのに、その辺が物足りないんだなぁ。やっぱり「ぼくはヒースクリフじゃない!」が欲しかったな。

でも、いままでの劇中劇の演出のなかでは一番良かったかな。キャサリンとヒースクリフが盛り上がっていく様子は良く出ていたし。詰め込んだ割には良かったと思います。

恒例の白目の変身シーンは、ボーっとした目の色入りになりましたが、やっぱりこれはいらなーい!目の色あってもなくても、このシーン自体がカットの無駄遣いですからやめて欲しいです。

作画はとってもよかったですね。安心して見ていました。いつもこのレベルだと良いのに。


【第18話「人形の役」】

マヤが人形として出演することになった「石の微笑」の稽古が始まる。セリフもなく、ひたすら黙って座っているだけの役に疑問を感じるマヤだが、役を演じるうちに月影先生がなぜ自分にこの役をやらせたのかその意図を感じはじめる。

一方、マヤの母は、病気のための療養ということでラーメン屋をやめて病院に向かうが、その列車のなかでマヤがキャサリンを演じた記事を見つけて・・・。

コミックス8巻後半のお話でした。


「巨人の星」の養成ギブス キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!! ・・・じゃなかった、人形役つかむための「竹ギブス」+「真澄さんの服破き」、あまりに強烈なのでカットされるかと思いましたがちゃんとやりましたねぇ。

しかーーーーーーし。
「石の微笑」・・・・・・つまんない~~~~~~~!!!!!!

もっともっっっっと、観客を引き込む舞台のはずです。なのに、演出が・・・あれっと思っている間に終わってしまいました。・゜・(ノД`)・゜・。

まず、オープニング。何の場面だかわからないでしょう、あれじゃ。
ここは劇団一角獣とのコラボが大いに生かされて欲しかった。「飛行機墜落事故」なのに、キャビンアテンダントのアナウンスのあと真っ暗になっただけじゃなんだかわからないですよ。一角獣お得意の、「擬音」効果で盛り上げてビックリさせて欲しかった。インパクトに欠けました。

それから登場人物。アニメになって、それぞれのキャラの特徴がなくなってしまったので、誰が誰だかわからない。そしてマヤがじーっと人形をやりながら気がつく「麗やさやかの間の取り方のうまさ」「呼吸のあわせかた」の良さが全然わかりません。

次に人形としてのマヤのすごさが全然わからない。メイドのお掃除の時にマヤのやる人形を人間では不自然な格好で立たせておく場面が、直立不動になっているし、「人間がやっているからこそ」面白い大きな人形の良さが全然感じられません。マヤの「人間を感じさせない」人形ぶりもこの劇の人気の1つになるはずなのに、これじゃ、大きな本物の人形を置いておいても同じです。

キャラについてもう一つ。各キャラの何役かの担当もこの劇の見物なのに、「かっこいい麗」の見せ場がないし、麗が「絶世の美女」に変身する場面もなし。観客が「麗サマー」って言っててもどこが気に入ったのかわかりません。さやかだって、お嬢ちゃんと女中と、「謎の老婆」の3役の使い分けの絶妙さが欲しかったし、占いの場面でのコミカルさも足りない。(バックに映像を映し出していた演出は面白かったけど。)

だから亜弓さんをして「勝負あったわね」と言わせるほどの迫力がなく・・・orz
観客動員数があんなにすごくなるほどの劇に思えないですよー。

一方見に来たお客さん。
亜弓さん・・・この前、髪切ったばっかりじゃないですか。何でそんなに伸びるのが速いの?真島くん・・・誰だかわかんなかった。桜小路くんかと思った。

あと、マヤのお母さんが目にするマヤの「嵐が丘の記事」のコメント・・・おかしすぎる。「目がハート」って赤い文字で書いてあった・・・。(キャサリンとヒースクリフが見つめ合っているシーンの写真の下に)春さんの悲劇は知ってるのに、思わず大笑いしてしまった私です。

あ、でも、今回評価すべきことが1つ。

「変身シーンがなかった!」\( ̄ー ̄)/

これを取りやめたことについては、今回大きく評価したいです。

作画は、崩れ気味。次回に期待。

以下、ややネタバレになりますが、次回はこの漫画のテーマになる重要なセリフが出てきます。それがどういう風に表現されるか、楽しみにしています。

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いま、会いにゆきます#4,5
[2005/08/03 20:10] ドラマ・テレビ
第4話と第5話の感想をいっぺんにいきます。

【#4あらすじ】
嫌いなピーマンを食べないのに、前のように叱ってくれない澪に寂しさを感じた祐司は、すねて澪と巧の思い出のクローバーの押し花を落とし、葉っぱをとってしまう。その事で気が重い祐司は、学校帰りに雨の中、どこかに出かける。

帰ってこない祐司を心配した澪は、祐司を探しに行くと、雨で増水した川岸に祐司のカバンがあり、祐司は川のなかで橋げたにつかまっていた。必死で川に入り祐司を助けた澪は、「こんなに心配かけて!」と祐司を怒り、抱きしめる。「ゆうじくん」と呼んでいた澪は、この時から「祐司」と呼ぶようになり、祐司の顔に笑顔が戻る。

【#5あらすじ】
祐司と澪の距離は近づいたが、巧と澪の距離はまだあることを祐司は不思議に思っていた。

そんなとき、巧の中学校の教科書が出てくる。その中に書いてあった落書きが「澪のものだよ」と言われて中学時代の話を聞く澪は嬉しそうに話す巧を見て不思議な感覚を持つ。その落書きには、自転車に乗る自分の姿が書いてあったが、澪は自転車には乗れなかった。

そんなことさえ忘れている自分に不安を感じ、澪は夜こっそりと自転車の練習を始める。「これからの自分のために」と頑張る澪。そして巧に自分たちがどうして始まったのかを聞く。中学時代の卒業式の話をする巧。

結局澪はやはり自転車には乗れなかったが、巧の後ろに乗って祐司と3人でサイクリングをする。澪が巧に返した教科書に、澪は自分と巧の相乗りしている姿と、祐司との3人の絵を描き加えていた。



日曜日のこの時間は、本当にホッとする時間です。
雨の季節にゆっくりとゆっくりと自分たちの時間を紡ぎ出していく3人の姿がとても暖かくしっとりとして、世の中の殺伐としたものを洗い流していくようです。

第4話で祐司のことをしっかりと抱きしめた時、「自分が育てた」記憶がなくても心はしっかりと母親になり、祐司ととけあっていました。祐司の待っていた「ママ」が本当に帰ってきた瞬間でした。次の朝から、「むぎゅ」をやって祐司を送り出す澪はとても幸せそうでした。

そして第5話。巧との距離のぎこちなさが少しずつ消え始めています。「過去の自分を気にしない」ことにした澪は、しかし、巧の話を聞きながら巧に恋した自分と、いま、巧の温かさに包まれている自分を重ねはじめてきているようです。

不器用でも、そしていずれは戻っていってしまうことを知っていても、澪のことを大切に思う気持ちは、澪の心を少しずつ溶かしてきているのですね。

けれども、そんな二人のまわりの時間は二人だけのために流れているわけではありません。

第4話で巧の家にいる「誰か」の存在を巧が電話している様子から何となく気づいている万里子。お弁当を持ってきたり、最近身なりもきちんとしたりしている巧を見て「彼女が出来た」とからかう秀夫。そして、そんなまわりの様子・言葉を知り、その一方で「澪の雰囲気を感じる」母、涼子。友だちに、つい「ママ」のことをしゃべりそうになる祐司。そして、町から離れて、最近来たばかりなため、「澪がもうこの世にいない」ことを知らないで、澪が秋穂家の中に存在していることを何の疑いも持たない菊池夫妻。澪のことで巧の相談に乗る主治医の尚美先生。

秋穂家に澪がいることの「不自然さ」が、いずれはこの人々を巻き込んでどこかにひずみを生じてくることになるのだろうと思うと気が気ではありません。

次回はついに巧が発作を起こしてしまうようです。「澪」という雨つぶが落ちた秋穂家を中心とした世界にはどんな波紋が広がっていくのでしょう。出来ることなら、静かにゆったりと、短い「雨の季節」を3人が幸せに過ごせるように、と見守っていきたいものです。

それにしても、ミムラさん、素敵です。このお話にとても良く合っていて、自然でひたむきな演技が良い感じだと思います。緑豊かな背景にとけこんでこの不思議な奇跡を「なんだかありそうな」存在感にしていますね。来週も楽しみです。

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新しい子供たち
[2005/08/02 22:54] 生活・自然
6月11日の記事梅雨入り・他にて、オカメインコのピーちゃん♂とチップ♀カップルが卵を抱いている様子をアップしましたが、その後、ビデオ・他にて、最初に孵ったヒナの落鳥と残りの卵の様子を報告しました。

結局、どうやら最初に産んだ卵はみんな無精卵だったらしく半分あきらめていたところ、7月の8日前後にピーピーと鳴き出す声が聞こえ、その声は次第に大きく力強くなってきたので数日後にのぞいてみたら、何と!ふわふわのヒナが2羽。

その後、数日にもう1羽の存在を確認して計3羽が無事に育ってきました。

そのうちの1羽だけがやたらと大きくなってきたので、20日頃に巣箱からとりだして差し餌を始めました。残りの2羽もまだそんなに羽が生え始めていなかったのですが、この蒸し暑さに巣箱のヒナの糞がカビてきて、衛生上良くないとの判断で、23日頃に巣箱ごと取り出しました。

3兄弟これは7月25日に撮ったヒナたちの写真です。
今現在は3羽とも筆毛が生えてきて、もうちょっとオカメらしくなり、よく食べるのでみんな100グラムを越えましたが、この時はまだ左の2羽がはだかんぼでまるで宇宙人みたいですよね。

息子のオカメの子供なので、息子が3羽に命名しました。右から、チョコ、ピック、ポップです。一番大きいのがチョコで、今はもう羽ばたきを始めています。真ん中のピックは2番目の子なんだけど、遠慮がちに食べるおとなしい子なので、今は3番目に重さ抜かれてしまいました。左のポップは、とにかくよく食べ、足もしっかりしていて、反応も良く、賢そうな子です。

父親のピーちゃんは、シナモンパイド、母親のチップはシナモンパールパイドなので、3羽ともシナモンパイドです。ついでにいうと、どうやらみんなパール模様を持っているようです。

餌の時間は大騒ぎ。熱いお湯でパウダーフードをといてやるのと、みんな必死に餌に向かってくるために、3羽だけなのに餌をやり終わることはもう汗だくでぐったりです。

それでも日に日に元気に大きくなってくるヒナちゃんたちは可愛くて、「第3次の子育て」を頑張っています。「兄弟」なのか、「姉弟」なのか「兄妹」なのか「姉妹」なのかはまだわかりませんが、「生きる」姿って良いですよね。子供たちと大切に育てたいと思います。

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女王の教室#5
[2005/08/01 16:24] ドラマ・テレビ
財布事件のことで気が重い中、学校に行った和美だが、元気に挨拶するもみんなから無視され、嫌がらせを受ける。教科書は落書きだらけで読めず、水泳の時間には足を引っ張られて溺れそうになる。帰りには鞄に石やゴミが詰まっている。

通りかかった天童先生が、和美の様子を見てカバンの中を見つけ、「誰?こんなことするのは?」と一喝しても、教室はシーンとするばかり。「神田さんがいじめられています」という天童先生の訴えに、「いじめはなくなりません。自分ではねつける力をつけてやらなくては」「あなたがかばうことで、いじめはもっとひどくなりますよ」と一蹴する真矢先生。

翌日、和美の机は思いきりひどい落書きをされて廊下に出されていた。それでも明るく教室に入ろうとする和美の頭に水が落ちてくる。クラスメイトのあざけりの声を聞き、いたたまれず学校を飛び出す和美。「ついに逃げ出すの?」「私について、仲良くしていれば楽なのに」という真矢の誘いを拒む和美に、「自分一人の力でやりなさい。」と告げる真矢先生。

和美は、由介を訪ねる。真矢から卒業証書を渡されて「学校に行かなくてすんで楽だ」と強がる由介に、「何でそんなに一生懸命なんだ?」と聞かれ、「せっかく同じクラスになった仲間じゃない、バラバラなままなんていや。みんなで思い出作りたいじゃない。この1年、捨てたなんて言わないでよ。」と答える。迷っていた由介も、「わかった。このままじゃ悔しいしな」といい、学校に戻ることを決心する。

翌日、二人で登校し、落書きされた机を二人で運び込み、由介は真矢に卒業証書を返し、和美は「もう、逃げませんから」と真矢に告げる。


辛いことから逃げ出そうとすることは楽だし、その時は良いかもしれないけど、あとには何も残らない。だから、逃げないで・・・。そんな思いが感じられた今回でした。

真矢に向かっていっても何も出来ない、と自分の無力さを認めて学校に来なくなった由介は、けれども以前真矢が言っていたように「逃げて」いたんでしょうね。だからあえて、「卒業証書」を渡したことで「逃げても良いのよ」と逆に由介の逃げ場をなくしていたのかもしれないと思います。由介はどこかで「学校に来なさい」と言われることを待っていたのではないでしょうか。でも、言われていくようになったら、次に何かあった時、「また誰かが何とかしてくれる」という人任せになってしまいます。「俺は行く」という気持ちを持たせるために、あえて逃げ場を無くしたように思いました。

和美のお姉さん。「私は体は弱いけど、ケンカは強いのよ」と真矢に文句を言いに行きます。けれども、結局自分の弱み、「学校から逃げている」ということを真矢に指摘されてすごすご引き下がります。「一番嫌いな動物は人間」という彼女は、やっぱり人間から逃げていて、足場がしっかりしていない様子です。

和美は、あんなにされてもまだ友だちをかばいます。彼女にとっては、「同じクラスになった」ことが運命であって、それを大切に思っています。それが和美を支えていたけれど、その支えはあまりにもろいものだというのが現実でした。真矢は、和美をしっかり見ています。だからこそ、和美の中にある真剣な思いを頑丈なものにしていきたかったのではないかという気がします。

天童先生と、馬場ちゃんと、恵里香達と、やってきたのは「お友達ごっこ」であって、何か障害があるとあっという間に崩れてしまうはかないものでした。真矢という大きな壁の前にあっという間にぼろが出た「お友達ごっこ」。なあなあの関係で満足できるのだったら良いかもしれないけれど、本当の意味での友だちとは、何かあってもお互いに信じ合える強さと、互いの気持ちや立場を思いやれるやさしさと、ほんとに相手のことを思ったら、相手の欠点をついて辛いことだって言い合える厳しさが必要なのです。

現に、親友だと思っていた恵里香達3人は、和美が「うざい」というあっさりとした理由で前回ケンカした財布自慢していた3人組とつながって友だちごっこを始めました。いじめのはじまりなんてそんな物です。「自分がのけ者にされるのが怖い」そのために恵里花は他の二人を味方につけ、同じグループの三人を味方につけ、和美に矛先を向けることで「仲間意識」を持とうとしています。見ている子も、何も言わない子も、「自分には火の粉が降りかからないように」という思いだけです。結局はみんなひとりぼっちなのに。

そんな中で、真矢という壁に立ち向かおうとする力のある和美が、真矢へのうっ積を一身に受けているのに、友だちを訴えて自分が楽になろうとはしない強い子であることを真矢は見抜いていたのでしょう。前回の最後に、「泣かない」といったけれども、ついに崩れて学校から出て行こうとした和美を真矢はちゃんと見ていて、「逃げるのね?」と怒りを自分に向けさせ、「私と仲良くするのが一番楽なの」という言葉をはねつけることの出来た和美に、「一人で何とかするのよ。自分の力で」と、次へのステップを与えています。

和美は結局、友だちにも、家族にも、誰にも頼れなくなったところで自分のやるべきことを見いだしました。あんなひどい裏切りにあっても捨てなかった写真。怒りにまかせて捨ててしまった由介のモグラの人形。それらへの自分や由介の思いを感じることで、自分が本当に大切なものが何かを再確認し、目標を持ち、支えられずに自分で歩こうと決めることが出来たのでしょう。「もう、逃げません」・・・七月、和美の心からも梅雨が去ったようなまっすぐな瞳でした。

人に頼らずに、自分で決めたことはやりとげるために大きなエネルギーを持つことが出来ます。ものがあふれていて何でも与えられる今の子供達は、「自分で何としてもこれをしよう」とか「自分は絶対にこうなりたい」という「はい上がる努力」・・・もう死語かもしれないけれど、「ハングリー精神」が感じられないのです。「まあ、何とかやってるからいいや」「これ以上は悪くならないから適当にやろう」という気持ちの子がほとんどで、「誰かが何とかしてくれる」受け身の子が非常に多いです。

授業中、あまりに騒がしくて授業にならず、「やる気のないものは出て行きなさい!」と先生が怒ったら、クラス全員が悪びれずに出て行ってしまったなんていうのも今は全然珍しくありません。学校から帰っても、「何で授業を受けさせないのですか」と親が怒ってくれるし、学校はさぼれるし、そこまで怒られてまで勉強する必要性も感じないからです。自分の騒いでいたことなんて全く罪意識を持っていないのです。

だから、何かうまくいかないと「人のせい」になり、親切に注意してくれた人に対しての暴力や、暴言になり、苦しいことからは顔をそむけ、「他人事」にしてしまう。

結局、人のことを考え、思いやりがあり、優しい子や、力や学力や財力の弱い子を踏み台にすることなど気にもしなくなる・・・。

なにも、これは子供の世界だけではありません。大人の世界にもはびこっている考えです。親の世代がこういう子供を育てたのですから。

そんな中で、「差別はやめましょう」「みんなで仲良くしましょう」「いじめはいけません」などと言っても、大人の世界の現実が見えてしまっているいま、それはなくなりっこありません。じゃあ出来ることは何か。真矢のように「いじめをはねつける力」を一人一人につけていくしかないのです。

動物園でのシーンで、和美が姉に「ライオンって、子供を谷に突き落とすってほんと?」って聞く場面があって、そのライオンの前に真矢がいた・・・っていうのは何とも制作側の意図を見せようとするあざとさを感じましたが、おそらくは真矢にこのライオンの親の役をさせようとしているのでしょうね。

ライオンはライオンのままであるように、真矢はずっと「最後まで立ちはだかる壁」のままでいて欲しいと思います。和美と由介は、壁にぶつかる決心をしました。次回は、予告を見るところでは多分ひかるに焦点が当たるんでしょう。

真矢のようになるには、ものすごい精神力と、子供の一挙一動を見逃さない観察力と、絶え間ない努力が必要です。正直言って、人間業ではありません。だけれども、あの鋭い切り口や客観的に子供を見つめる努力は、見習っていかなくてはならないと思います。・・・一番感心するのは、いつもチャイムと同時に教室につくすばらしさ。教師として、こんな基本的なことが出来ない自分がいたりして、反省しきりです。

突っ込みどころも山ほどありますけど(卒業証書はあんなに簡単に渡せるもんじゃない、とか、「廊下に立っていなさい」は今は体罰だからやっちゃいけないことになっているとか)でも、そういうところを気にして、問題提起されているところを見逃さないでいたいと思います。

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