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「にんげんだもの」。
[2010/01/08 16:17] ひとりごと
ご存じの方が多いと思うけど、相田みつをさんの詩のタイトル。

ここ数日、今ひとつ体調がすっきりせず、疲れがたまった感じで頭もぼーっとしている。
SNSの日記、メールマガジン、仕事で書く文章……みんな頭に浮かばなくて、気が付くとただパソコンの画面をぼーっと眺めているだけの状態。

日記やメルマガは、書けるときに書けばいい。
そう思うのだけど、困るのが家庭教師の時。

問題を生徒に説明するのは慣性でできる。……いや、惰性か?(^_^;)

だけど、問題が頭に入ってこない。
生徒の言葉も、頭に入ってこない。

いやぁ、困った。

そう思っていたところで、ふわっと頭に浮かんだのがこの一言だった。
「にんげんだもの」

あ〜、そっか。
そうだよな。

こういうときもあるよね。
にんげんだものね。

なんか、その一言ですごく気持ちが楽になった。

その気持ちを、そのままに、今朝発行のメルマガに書いた。
メルマガからの引用だけど、今日の日記にもコピペします。

(メルマガ「うつのくれた贈り物」第47号1/8発行より)

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
「にんげんだもの」で心も体も豊かになる。
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

かつて、うつ病になる前は
「休む」とことがとても罪悪感でした。

休むことで自分が動かなくなって
人に迷惑かける。

動かない自分が怠けているようで
自分自身許せない。

だから、疲れていても「頑張って」……
かつて、スポ根ドラマにあったように
重い荷物や課題を背負って
ひたすら高みをめざすこと。

それが、素晴らしいことのように思っていたので
休む=怠ける
そういう考えがあったように思います。

だけど。

一生懸命に考えたり動いたり
そうしたら疲れるのは当たり前で
疲れたら休まなくては戻らない。

1日動いたら睡眠を取る。
エネルギーを消費したら食べて栄養をとる。

……「人間」だったら当たり前のこと。

相田みつをさんという詩人さんの
「にんげんだもの」という詩。

この「にんげんだもの」というタイトルって
ものすごい言霊のある言葉ですよね。

冗談で、ある文章の最後にこの一節を加えたら
みんなみつをさんの詩に変わっちゃう。

たとえば……

「疲れたら、休めばいいじゃない
 にんげんだもの」

とか

「つらいことがあったら
 立ち上がれるまでうつぶせていればいい
 にんげんだもの」

とか………

すべて、みんなみつをさんからの励ましの言葉に
変わってしまう……魔法のひとこと。

そして、考えてみたら
人間って、そう大したことないんですよ。

1日働いたら疲れるし、
食べなくちゃおなかがすくし、
悲しいことあったら動けなくなるし、
嬉しいことあるとみんなに話したくなるし。

……みんな「にんげんだもの」。

そして、最後はみんな命が消えていく。
これも、にんげんだもの。

だけど、そういう結末がわかっていても
一生懸命に毎日生きるのです。
だって、にんげんだもの。

大したことがない、地球の上の小さな存在。
だけど、ひとつひとつがとても大切な命。

だから、人間って、素敵ですよね。

にんげんだから、考える。
にんげんだから、悩む。
にんげんだから、疲れる。
にんげんだから、1人じゃ生きられない。
にんげんだから、心が揺れ動く。

そんなにんげんだもの、
疲れたら休めばいい。
休めばちゃんと、また元気になるから。

そんなにんげんだもの、
苦しかったら泣けばいい。
涙で哀しみが流れたら、また笑顔になれるから。

そんなにんげんだもの、
1人で もがかなくてもいい。
あなたの周りには、ちゃんと同じ人間がいるから。

わたしも、このメルマガ、
3日に発行して以来、書けなくていたんです。

「小さなしあわせ」が見つからなかったわけじゃない。
ただ、それを表現する文が浮かんでこなかった。
頭が疲れていたからで。

じゃぁ、書かなくてもいいよ。
書けるときに、また書いて、
読める人が読んでくれればそれで良い。

書くわたしも、にんげんだもの。
読む皆さんも、にんげんだもの。

「にんげんだもの」という言葉。

そのひとことは、とてもやさしいですよね。
にんげんを愛して、にんげんを信じて。
だから生まれてくる言葉。

こうして一息つくことができたら、
ちゃんと、心も体も元気になって
また次の活動ができるのです。

だって、にんげんだもの。

・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚


*メルマガ「うつのくれた贈り物」は、自分のうつ病体験を通じて見えてきたいろいろな「しあわせ」を、みなさんに伝えようと思ってはじめたものです。
毎日の生活の中でふと、「これがしあわせ」と思うことを、不定期で発行しています。
右側のサイドバーに登録フォームがありますので、興味がある方はそちらからどうぞ。
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あけましておめでとうございます。
[2010/01/01 00:00] ひとりごと
ブログに記事を書くのも、本当に久しぶりです。

2009年は、個人的に山あり谷あり、波瀾万丈の一年でした。
時間的にも多忙でしたが、それ以上に気持ち的にあわただしかったり、かなり落ち込んだりという一年でした。

そんな一年を振り返って思うところはいろいろありますが、今この時に言えること。

それは、この一年の経験を元に学んだこと、得たものをしっかり新しい年に生かしていきたい、ということ。
新しい年はさらに一歩一歩踏みしめて、いい年にしたいです。


ネット用年賀

みなさま、新しい年……2010年もどうぞよろしくお願いします。

わたしは、生きています。
それでも、生きています。

新しい年、目標に向かってしっかり歩いていきたいです。

皆様にとっても、素晴らしい一年でありますように。
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ネット上を駆けめぐって。
[2009/10/12 02:28] ひとりごと
さっき、Twitterにつぶやきを書き込んできた。
「メルマガ第3号発行」しました、という中身。

10月8日に第1号を発行してすでに3号。
書きたいことは山ほどあるし、伝えたいことも山ほどある。

来週、「うつ病の理解のために」というテーマをもらって、地元で講演をすることになっている。
その準備を兼ねて、また、その先の自分のやりたい目標への本格始動も兼ねて、私はまず、ネット上での展開をはじめたところなのだ。

その前準備として、つい最近まで公開していた「うつ病の記録ブログ」を閉鎖した。

うつ病理解に向かう準備で閉鎖とは、反対のような感じもするけど。
このブログでは、あまりにいろいろなことがあったから。

自分で理解をしてもらおうと頑張りはじめたときの文。
これをまとめて、本にしようと思って書いた本3冊文の記録分。

決して無駄にはならなかった。
この文を読んで、相談メールをくれた人が何人もいて。
同感や共感のコメントをくれた人も何人もいて。
自分がやろうとしていることは、間違いじゃないと確信を持つことができた。

その一方で。
「これは、家族や教育現場に対しての批判だ」という声があったらしい。

「らしい」というのは、直接私自身にそういうコメントなりメールなりで訴えてきた物ではなく、人づてでそういう話がある「らしい」という情報を小耳にはさんだだけだから。

正面切って申し出てくるわけではないけれど、こういう裏での動きというのは陰湿でどこまでをどう理解してもらっているのかもわからず、だからどこまでをどうわかりやすく語りなおしたらいいのかもわからない。

つまりは、私の情報に反感を持つだけでそれを有効利用したり、生かそうとしない存在があって、そういう存在にいろいろな意味で踏みにじられてしまった部分があるのだ。

私も、まだ始めたばかりはそういう存在に対してちゃんと対応していくつもりでいたし、ネット上なので注意を払っているつもりでもあった。
だけど、それだけじゃ不十分だったようだ。

ネットの怖さは知っていたが、こういう意味での怖さを知らされたのは初めてだった。

そういう「土のついた情報」になってしまったあの記録ブログは、もうさっぱりと捨て去ろう、とそう思ったのだ。そして、私なりに新しい方法で、また伝えることを始めよう、とそう思ったのだ。

ずっと気になったままで更新できなかったブログは、ネット上では未完のまま。
けれども、私の手元には、きちんと3冊分の記録として残っている。今は、それでいい。

これは、私自身の財産であって、私自身が使いこなしていけばいいだけだから。

かつては、情報を発信するのにHP、ブログ、SNS、そういうものしか考えられなかったけれど、時の流れと共にいろいろな表現方法や場所が広がってきている。
Twitter。メルマガ。今、この二つに取り組みつつ、もう一つ考えているジャンルが「ネット講座」。

先日、突然ネット講座への依頼メールが来た。
メルマガの第1号も発行していなかったときだけに、ちょっと警戒も半分入っているけれど、ただ「ネット講座」という存在を今まで知らなかったので、あと半分は好奇心でいっぱい。

可能性の一つとして、検討するのは面白いかもしれない。

来週やる講座の講演でも、結局講師として話すわけだし、そういう必要を持つ人がいるのだったら、ネット上で展開できるのは理想的な状態かもしれない。

そういう想いで、しばらくリサーチしてみようかと思っている。

記録ブログは、削除した。
だから、自分のHPのトップからも、ブログへのリンクを削除した。

けれども、その「削除」という過去を切り離す行為から、Twitterやメルマガ、ネット講座、というように別の可能性に向かう気持ちになれた。

そういえば。
星回りから私の今年一年は起承転結の「転」にあたる年だ、と言われていたっけ。

たしかに。いろいろ転がっているよ。
ここまで、それは大変なことばっかりだったけど。
でも、それは次の「結」に何かつながっていくような……そんな感じのする転がり方。

ダッチロールのめちゃくちゃひどいもみくちゃ状態……といった感じの今年ではあるけれど、これを抜けたら、なんだか一気に飛び出して行かれそうな、そんな予感の中にいる。

こんな私の頑張りを、見てやってもいいよ、って思う方はこちらからどうぞ。
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メルマガ「うつのくれた贈り物」
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オリンピック、東京じゃなくてよかった。
[2009/10/05 09:54] ひとりごと
都知事が「敗戦の弁」などを述べているようですが。

多分、この結果は当然と受け止めている人は多いのではないでしょうか。
というよりも、歓迎している人は多いのではないでしょうか。

環境に優しいオリンピックを訴えたようですけど、今の東京でこのあと新しく施設を整えて人が集まるためにいろいろ整備して……想像すらできないです。この状態でどうやって環境に優しくするのかが。

オリンピックが開催されることになったら葛西臨海公園の貴重な動植物の集まる所もつぶされてしまうと聞きました。
そういうもろもろを考えても、「オリンピックを東京でやるメリット」はまったく考えられないわけで。

10年前の長野オリンピックの時の大騒ぎを体感した地元の人間としては、東京に来なくて本当によかった、と思う方が本音です。

今、長野に残るオリンピックの「残骸」たち………。
陸の孤島長野県に風穴が空いたことは多少プラスだったし、NAGANOの世界的な知名度も上がったこともプラスだったと思うけど、それ以上に残ったマイナス面の大きさの方がどうしても目につきます。

華やかな表彰式を行ったセントラルスクエアを飾った子供たちの絵は色あせてめちゃくちゃきたない駐車場になっているし、無理矢理開発をはじめた長野駅の東口一帯はいまだに整備が終わらずに工事中の路がぐちゃぐちゃ入り乱れていて。

施設の利用状況も赤字のものが多くて維持費だけがかさむところがほとんどで、交通の便がよくなったスキー場は、よくなりすぎて宿泊客が減って、スキー自体が下火だから小さいスキー場はどんどん消えていて。

オリンピックの時期に、国際交流だと大騒ぎしたものもあの時の一時的なものだったし(長野市小中学校の一校一国運動も、あの時で終わりだったみたいだし)……今からして思うにも、オリンピックが来たことでの「地元への効果」は、本当に実感できるものがない。

ちなみに、オリンピックをきっかけに元気になった所もあるけれど、そういう地方や企業は、もともとちゃんとそういう「努力」を重ねているところのように思う。

つまりは、オリンピックがあってもなくても頑張っているところだったわけで。
オリンピックが来ても来なくても、そういうところはやっぱりちゃんとやっていったのだろうと思う。


東京も。
「オリンピック」に頼らずに、もうちょっと自分たちで努力をした方がよい……。
そういうことなんだと思ったりもする。

今回、東京よりもずっと適任だった場所に決まったと言うだけの話。

「敗戦の弁」で、JOCのせいにするとか、政治的動きのせいにするとかいう見苦しいことしなくてもいいから、そうでなくてもうちょっと「東京らしく」「東京を生かした」努力でこの先の東京を考えていく方がいいように思います。

東京を訪れるたびに思うのは、空気が臭くて息苦しくて、ホッとする景色に出会えることが少なくて。

子供のころ、親戚の家を訪れるたびに感じていた下町の温かさもほとんど残っていなくて。
道ばたに人がダンボールにくるまって横になり、大声で叫んでいる人がいても誰も振り向かない。

そんな街に、人の温もりを取り戻すこと……オリンピックに気をとられ、外のことに気をとられていないで、足元のぐちゃぐちゃなぬかるみを何とかした方がずっといいと思うのです。
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Twitterにはまってみようかな。
[2009/10/02 13:39] ひとりごと
最近、なかなかブログの更新ができなくて。
4つ入っているSNSも、一つ一つ、次第に疎遠になりつつあって。

それでも、ネットの上をさまようことは好きなので。
どこに行くにも泊まるところはLAN完備のホテルだし。
愛機Macbook君はいつも連れてきているし。

さらに、近頃はNetbookのAspireくんまで連れ歩くようになった。
(docomoのL-05と共に)

う〜ん。かなり重傷のネット依存症になっているのだろうか。

でも、考えてみたら、パソコン通信の時代からこんな感じだったもんなぁ。
モバイルが流行りだしたころには、Librettoを買って。
あの頃は公衆電話につないでパソ通やっていたっけなぁ。

ということは、私の場合はもう慢性のネット依存症ということか。(笑)


そんな私が、最近何となく気にしているのがTwitter。

忙しいときに、なんだかちょっとのぞいてみて、独り言をつぶやくだけでもいいから気楽。
SNSの日記に書くほどのことはないけど、なんかそれでも口にしてみたい……
一人で想いをかかるのは、ちょっと重たいかも………
そんな想いをさらっと書くのにちょうどいい。

今はまだ、ほとんど活用してないけど。
もうちょっとここで人とつながってみようかな……
そんな気分になっているところ。


そんな私は、今日、自分のプロフィールや写真など、今までちゃんとしてなかったので整えてみた。
ついでに、自分のHPのTOPにツイッター貼りつけてみた。

………そういえば、自分のHPを改編したのもほんと久しぶり。
(とはいえTOPページだけだけど)


いろいろやりたいことがあって。
いろいろ実現したい夢もあって。

なのに現実は足踏み状態で。
ちょっと私、風通し悪くなっているかも。

ここらで一つ、でっかい風穴あけて。
体の中に新鮮な空気を通してみようかな………とも思ってます。


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