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ネット上を駆けめぐって。
[2009/10/12 02:28] ひとりごと
さっき、Twitterにつぶやきを書き込んできた。
「メルマガ第3号発行」しました、という中身。

10月8日に第1号を発行してすでに3号。
書きたいことは山ほどあるし、伝えたいことも山ほどある。

来週、「うつ病の理解のために」というテーマをもらって、地元で講演をすることになっている。
その準備を兼ねて、また、その先の自分のやりたい目標への本格始動も兼ねて、私はまず、ネット上での展開をはじめたところなのだ。

その前準備として、つい最近まで公開していた「うつ病の記録ブログ」を閉鎖した。

うつ病理解に向かう準備で閉鎖とは、反対のような感じもするけど。
このブログでは、あまりにいろいろなことがあったから。

自分で理解をしてもらおうと頑張りはじめたときの文。
これをまとめて、本にしようと思って書いた本3冊文の記録分。

決して無駄にはならなかった。
この文を読んで、相談メールをくれた人が何人もいて。
同感や共感のコメントをくれた人も何人もいて。
自分がやろうとしていることは、間違いじゃないと確信を持つことができた。

その一方で。
「これは、家族や教育現場に対しての批判だ」という声があったらしい。

「らしい」というのは、直接私自身にそういうコメントなりメールなりで訴えてきた物ではなく、人づてでそういう話がある「らしい」という情報を小耳にはさんだだけだから。

正面切って申し出てくるわけではないけれど、こういう裏での動きというのは陰湿でどこまでをどう理解してもらっているのかもわからず、だからどこまでをどうわかりやすく語りなおしたらいいのかもわからない。

つまりは、私の情報に反感を持つだけでそれを有効利用したり、生かそうとしない存在があって、そういう存在にいろいろな意味で踏みにじられてしまった部分があるのだ。

私も、まだ始めたばかりはそういう存在に対してちゃんと対応していくつもりでいたし、ネット上なので注意を払っているつもりでもあった。
だけど、それだけじゃ不十分だったようだ。

ネットの怖さは知っていたが、こういう意味での怖さを知らされたのは初めてだった。

そういう「土のついた情報」になってしまったあの記録ブログは、もうさっぱりと捨て去ろう、とそう思ったのだ。そして、私なりに新しい方法で、また伝えることを始めよう、とそう思ったのだ。

ずっと気になったままで更新できなかったブログは、ネット上では未完のまま。
けれども、私の手元には、きちんと3冊分の記録として残っている。今は、それでいい。

これは、私自身の財産であって、私自身が使いこなしていけばいいだけだから。

かつては、情報を発信するのにHP、ブログ、SNS、そういうものしか考えられなかったけれど、時の流れと共にいろいろな表現方法や場所が広がってきている。
Twitter。メルマガ。今、この二つに取り組みつつ、もう一つ考えているジャンルが「ネット講座」。

先日、突然ネット講座への依頼メールが来た。
メルマガの第1号も発行していなかったときだけに、ちょっと警戒も半分入っているけれど、ただ「ネット講座」という存在を今まで知らなかったので、あと半分は好奇心でいっぱい。

可能性の一つとして、検討するのは面白いかもしれない。

来週やる講座の講演でも、結局講師として話すわけだし、そういう必要を持つ人がいるのだったら、ネット上で展開できるのは理想的な状態かもしれない。

そういう想いで、しばらくリサーチしてみようかと思っている。

記録ブログは、削除した。
だから、自分のHPのトップからも、ブログへのリンクを削除した。

けれども、その「削除」という過去を切り離す行為から、Twitterやメルマガ、ネット講座、というように別の可能性に向かう気持ちになれた。

そういえば。
星回りから私の今年一年は起承転結の「転」にあたる年だ、と言われていたっけ。

たしかに。いろいろ転がっているよ。
ここまで、それは大変なことばっかりだったけど。
でも、それは次の「結」に何かつながっていくような……そんな感じのする転がり方。

ダッチロールのめちゃくちゃひどいもみくちゃ状態……といった感じの今年ではあるけれど、これを抜けたら、なんだか一気に飛び出して行かれそうな、そんな予感の中にいる。

こんな私の頑張りを、見てやってもいいよ、って思う方はこちらからどうぞ。
Twitterのマイページ

メルマガ「うつのくれた贈り物」
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オリンピック、東京じゃなくてよかった。
[2009/10/05 09:54] ひとりごと
都知事が「敗戦の弁」などを述べているようですが。

多分、この結果は当然と受け止めている人は多いのではないでしょうか。
というよりも、歓迎している人は多いのではないでしょうか。

環境に優しいオリンピックを訴えたようですけど、今の東京でこのあと新しく施設を整えて人が集まるためにいろいろ整備して……想像すらできないです。この状態でどうやって環境に優しくするのかが。

オリンピックが開催されることになったら葛西臨海公園の貴重な動植物の集まる所もつぶされてしまうと聞きました。
そういうもろもろを考えても、「オリンピックを東京でやるメリット」はまったく考えられないわけで。

10年前の長野オリンピックの時の大騒ぎを体感した地元の人間としては、東京に来なくて本当によかった、と思う方が本音です。

今、長野に残るオリンピックの「残骸」たち………。
陸の孤島長野県に風穴が空いたことは多少プラスだったし、NAGANOの世界的な知名度も上がったこともプラスだったと思うけど、それ以上に残ったマイナス面の大きさの方がどうしても目につきます。

華やかな表彰式を行ったセントラルスクエアを飾った子供たちの絵は色あせてめちゃくちゃきたない駐車場になっているし、無理矢理開発をはじめた長野駅の東口一帯はいまだに整備が終わらずに工事中の路がぐちゃぐちゃ入り乱れていて。

施設の利用状況も赤字のものが多くて維持費だけがかさむところがほとんどで、交通の便がよくなったスキー場は、よくなりすぎて宿泊客が減って、スキー自体が下火だから小さいスキー場はどんどん消えていて。

オリンピックの時期に、国際交流だと大騒ぎしたものもあの時の一時的なものだったし(長野市小中学校の一校一国運動も、あの時で終わりだったみたいだし)……今からして思うにも、オリンピックが来たことでの「地元への効果」は、本当に実感できるものがない。

ちなみに、オリンピックをきっかけに元気になった所もあるけれど、そういう地方や企業は、もともとちゃんとそういう「努力」を重ねているところのように思う。

つまりは、オリンピックがあってもなくても頑張っているところだったわけで。
オリンピックが来ても来なくても、そういうところはやっぱりちゃんとやっていったのだろうと思う。


東京も。
「オリンピック」に頼らずに、もうちょっと自分たちで努力をした方がよい……。
そういうことなんだと思ったりもする。

今回、東京よりもずっと適任だった場所に決まったと言うだけの話。

「敗戦の弁」で、JOCのせいにするとか、政治的動きのせいにするとかいう見苦しいことしなくてもいいから、そうでなくてもうちょっと「東京らしく」「東京を生かした」努力でこの先の東京を考えていく方がいいように思います。

東京を訪れるたびに思うのは、空気が臭くて息苦しくて、ホッとする景色に出会えることが少なくて。

子供のころ、親戚の家を訪れるたびに感じていた下町の温かさもほとんど残っていなくて。
道ばたに人がダンボールにくるまって横になり、大声で叫んでいる人がいても誰も振り向かない。

そんな街に、人の温もりを取り戻すこと……オリンピックに気をとられ、外のことに気をとられていないで、足元のぐちゃぐちゃなぬかるみを何とかした方がずっといいと思うのです。
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Twitterにはまってみようかな。
[2009/10/02 13:39] ひとりごと
最近、なかなかブログの更新ができなくて。
4つ入っているSNSも、一つ一つ、次第に疎遠になりつつあって。

それでも、ネットの上をさまようことは好きなので。
どこに行くにも泊まるところはLAN完備のホテルだし。
愛機Macbook君はいつも連れてきているし。

さらに、近頃はNetbookのAspireくんまで連れ歩くようになった。
(docomoのL-05と共に)

う〜ん。かなり重傷のネット依存症になっているのだろうか。

でも、考えてみたら、パソコン通信の時代からこんな感じだったもんなぁ。
モバイルが流行りだしたころには、Librettoを買って。
あの頃は公衆電話につないでパソ通やっていたっけなぁ。

ということは、私の場合はもう慢性のネット依存症ということか。(笑)


そんな私が、最近何となく気にしているのがTwitter。

忙しいときに、なんだかちょっとのぞいてみて、独り言をつぶやくだけでもいいから気楽。
SNSの日記に書くほどのことはないけど、なんかそれでも口にしてみたい……
一人で想いをかかるのは、ちょっと重たいかも………
そんな想いをさらっと書くのにちょうどいい。

今はまだ、ほとんど活用してないけど。
もうちょっとここで人とつながってみようかな……
そんな気分になっているところ。


そんな私は、今日、自分のプロフィールや写真など、今までちゃんとしてなかったので整えてみた。
ついでに、自分のHPのTOPにツイッター貼りつけてみた。

………そういえば、自分のHPを改編したのもほんと久しぶり。
(とはいえTOPページだけだけど)


いろいろやりたいことがあって。
いろいろ実現したい夢もあって。

なのに現実は足踏み状態で。
ちょっと私、風通し悪くなっているかも。

ここらで一つ、でっかい風穴あけて。
体の中に新鮮な空気を通してみようかな………とも思ってます。


こんな私でよろしかったら、フォローしてやってくださいまし。
→わたしのホームはこちら
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今回の選挙に思うこと。
[2009/09/02 21:08] ニュース
「あと一歩、あと一歩です。
 地元のみなさま、○◯を勝たせてください。」

つい、先日まで街頭をにぎやかしていた選挙カー。
それを聞くたびに思っていたこと。

「選挙で当選したから、それでOKじゃないのになぁ。
 当選したあと、どうするのか、それが大事じゃないのかなぁ。」

いろいろなメディアでも、選挙は勝った、負けたの競り合いが強調されていて、では実際にそこまでにどんな実績を残したのかという部分はあまり見えてこない。

そう。
今までの選挙は、「当選して第1党になること」が第1目標だったようにしか見えなかった。
当選し、第1党になったらそれですべてOK。

政権が変わらずに、政策も大幅に変える必要もない。
だって国民は「今までの通りでいい」と認めている(=自分たちが第1党である)のだから。
……今まで、第1党だった自民党にはそういう感覚があったのじゃないのだろうか。

選挙は、勝ち負けじゃなく、問題なのは、大切なのは、選挙で得票し、当選し、第1党と認められたそのあと。
「何をするのか」「どう政策を進めるのか」……それが、一番大切なことだったはずなのに。

いつも「第1党であること」が当たり前のようになって
選挙が「最終目的」になってしまっていた。

一方、「挑むもの」はそうはいかない。

「今までと同じまま」でいることにNOという意志を示した今回の国民の投票結果。
その末に第1党となった民主党は「選挙で得票して第1党になる」ことが「最終目的」ではないわけです。

「今までのままの(進化しない)政治はもう要らない」

そういう想いから票を得て第1党となったからには「今までと同じ」状況は許されない。
そして、そこに「ちゃんとした成果」を見せなくてはならない。

ここで第1党となったことが最終目的になってすべてが「終了」してしまったら。
せっかく得た信頼と、ここまでの得票数や期待感が一気に消えてなくなってしまうはず。

ここからの課題は、「第1党」となったことにたいして「これで良し」とするのではなく、「では次にどうしていくのか」というところにある。

もし、「これでいいのだ」という「現状維持」もしくは第1党になっておしまい、という選挙が最終目的になってしまったらあっという間に民意は離れて次回の「再選」はあり得なくなる。

選挙で勝つことが最終目的だった自民党。
選挙で勝って、これから真価を問われる民主党。

自分が与えるその一票を大切にできるのが果たしてどちらなのか……と考えると、今回の選挙結果、こうなったのもなんだかわかる気持ちがします。

変わることは、多分かなりむずかしいことだし、ましてや「変えること」はもっともっと大事。
だけれども、まず一つ、国民が示した「変わること」への期待の大きさは、しっかりと自覚してこの先のこの国のあり方を考えていって欲しいものです。

……党内での小競り合いや権力争いなんか、している暇はないですよ?
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選挙って競馬と違うでしょ。
[2009/07/13 19:20] ひとりごと
ブログ書くの………久しぶりですね。

ご多分に漏れず、世間の荒波にもまれてて、なかなか「いけるぞ」という感覚のないままに毎日必死です。

これで「景気は底から脱した」なんていう判断をする政府ってどういう認識なんだろうと思ったりしているんですが。(数字からしか判断しなかったら、そうなのかもしれないですけどね。)

こっちはそんな判断とはかけ離れて相変わらず毎日アップアップな事には変わりなく。
ブログで毒を吐く元気もなかった今日この頃なわけでした。(笑)

さて。
麻生総理が8月30日の総選挙を決断したとかですけど。

ここのところの某県知事の茶番劇やら、それに合わせてサミットさえもワイドショー仕立てで取り上げているくだらないテレビ番組とかに辟易。

ここからさらに、それが加熱していくのかと思うと……本当に頭痛がしてきます。

総選挙に関してのニュースにしても。
たとえば相変わらずこんな感じですよね。



8月30日に政権選択の総選挙、結果シナリオ

 [東京 13日 ロイター] 麻生太郎首相が13日、衆院を7月21日ごろ解散し、8月30日に総選挙を実施する日程を決断した。前哨戦とされた東京都議選で自民党は惨敗を喫し、与党内には下野のリスクを意識する声が高まっているが、民意はどう表明されるのか。予想される展開を探った。


以下略。

予想される展開、というのは、自民党が勝ったらどうのとか、民主党が勝ったらこうなる、とか……

競馬の予想じゃないんですから。。。

私は別に、どこが第1党になっても、何党の人間が何人当選しようがそんなことはどうでも良いです。

願うことはひとつ。
ちゃんと「政治」をしてくれる人が、1人でも多く当選すること。

勝った負けたの問題じゃないでしょう。
国がどこに行くのかわからずに、迷走しているときに。
何党がどうの、じゃなくて、日本をどうするのか、日本がどこに行くのか……じゃないんですか?

この国の行く先を、真剣に考える人が1人でも多く当選するのだったら、何党が何票獲得しようがどうでも良いです。問題は、「党」という固まりで十把一絡げにしか考えないこと。そこに所属する「人間」が大切なんじゃないですか。

そして、どんな人が真剣にこの国のこと、国に生きる人間のことを考えているか、それをいかに正しく伝えるのが「メディア」の役割であって、競馬の予想屋じゃないんですから。あなたたちは。

投票するものたちが、どうしたら正しい判断基準を持てるのか。
そのためにはどうしたら伝わるのか。
それをするのがメディアでしょ?

けれども、「そんなメディア」で許されているのは、「そんなメディア」を許容している自分たちの責任でもあるわけですから……そのあたりは真剣に、本当に真剣に、本当を伝えられる者を見つけ出して、選び出していくこと、そういう努力をしていかねばならないと思っています。

私たち投票権を持つ者は、投票する者としてきちんと見て、判断する。
メディアはメディアで、本来の役割である「きちんと伝える」事をする。

そうしてその中で選ばれた者が、本来の政治をきちんとしていく。

日本が生き返っていくには………そういう当たり前のことをきちんとやる……もう、それしかないんだと思うのですけど。

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